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道上がひと段落しました

樹上作業をするきっかけとなった道上の二本もようやく片付きました。枝を打ったり、高所にロープをかけたり、 山仕事に幅ができました。

玉切りして割って、斜面上に放り上げて。ロープで確保しつつ一日で一本を片付けます。キツイので二年に分けました。4シーズンかかったこの道上一帯がこれでひと段落。かつては得られなかったこの陽当たり。清々しい達成感。

同じ中山間地でも、植林や藪に囲まれることなく農地が広がるところもあると思いますが、これから描けるプライベートな空間を思うと、ここが良かったのです。

一輪車を乗り付けることができないので、家まで持ち抱えての搬出。できる限り乾いて軽くしてからごとごと運びます。

ロードバイクでリハビリ

神経伝達を回復させるためには積極的に動かすことが大事。とはいえ、痺れや痛みを庇う動きは新たな故障を生むのではと心配です。ペダリング動作には比較的そういったことがなかったので、整体の先生に「ロードバイクに乗るのは構わないか」訊けば、しかし、逆効果になることもあると言われました。

具体的に何が良くないのか聞いたわけではありませんが、整体を通して認識を改めた背骨のしかるべきラインに従えば、骨盤が後傾し腰の曲がった乗り方が良くないのだろうと考えられます。私としては、とにかく足腰を萎えさせるわけにもいかないし、何より自転車を諦めたくない。そんな訳で、3ヶ月間週1ペースの集中的施術の間もローラーを回すことを日課としました。果たして、3ヶ月ほど経って痺れがとれた時、「正解だったということですね」と言っていただけました。

他のスポーツでもよくあることかもしれませんが、スタンダードというのかトレンドというのか、こう乗るものだという固定観念ほど厄介なものはありません。有り体に言えば、誰を理想とするかなので変遷するものだと思いますし、そもそもが完全ではないということもあるでしょう。学生時代に少し齧(かじ)った程度で、30代は全く乗らず、40手前になって再びはじめたロードバイク。身体のメンテナンスとして手応えを感じる一方、時に膝や腰が痛くなることもあり、セッティングと併せて試行錯誤を繰り返しました。

腰痛は二足歩行をするようになった故の宿命と言われているそうです。ロードバイクによる前傾姿勢は、前脚である手が短く弱くなったなりの四足歩行の形であり、それを突き詰めてゆけば腰痛改善になるはずなのです。

余談ですが、学生時代に国体が地元高知であり、自転車競技のボランティアスタッフとして、ロードレースの集団後方に付くジープから選手たちの乗る姿を間近に見る機会がありました。百聞は一見に如かず。たくさんいる中に目を惹く選手がいて、そのリラックスした乗り方がとても綺麗で格好良く、今も鮮明に理想としてあります。そして、トラック競技ではスタートの支持もさせていただきました。実際は選手本人がバランスを取っているので、サドルに手を添える程度なのですが、それを知れただけでも貴重な体験ですし、選手の立派な身体、自分とは規格違いの量感に感動したものです。

さて、話を戻します。身体を痛めず鍛えるには、競技志向はなくとも、楽に、速く、遠く、長時間乗れるかどうかは共通の指標であり、単に上体を起せた方が楽かというとそうでもありません。農作業の中腰にも通じることですが、腰は曲げるのではなく折るもの。つまり、背筋を伸ばして股関節から折り、骨盤を前傾させる姿勢が基本で、相撲の四股がまさにそれです。私の場合は、農作業に耐えうる身体づくりのためというスタンスで模索してきたのですが、坐骨神経痛というセンサーを得て確信を深めることができました。また、整体によって個人で行うストレッチでは限界があるところ、以前よりも背筋が伸びて力の伝達もスムーズになり、今ではただ楽しく気持ちよく乗ることができています。

 

山の暮らしと山仕事

燃料を自給できることの有り難さをしみじみ感じるこの頃。寒い夜も雨の日も不安なく過ごせます。裏山がある程度片付いたので、次は一昨年伐った大径木に取り掛かります。急斜面に水平な足場を作り、道具を新たに揃え、挙動を予想してそこに寝かせる。自分なりに段取ったわけですが、結果は奇跡的だったと思います。自画自賛などありえません。安堵と感謝、そして自己の確認です。

直径80センチを越える株元の方は、両側から刃を入れても届かないため、矢で割ってバラしながら切り進めます。中腰で横方向に槌を振るこれがかなりきつい。日々のストレッチとトレーニングを続けて身体を強く保つことはもはや必須です。とにかく重量物は若いうちに片付けて、良質な薪のとれる山にしていきます。

玉切りできるところまで来ればだいぶん楽。谷側に寝かせたもう一本のおかげで転げ落ちる心配はありません。

週末はもっぱら山仕事。視界が開け本当に居心地良くなってきました。これを片付けたらようやく次が伐れます。一箇所を一度に伐り剥ぐのではなく、裏山や畑の東や西など何年もかけて満遍なく手入れすることで、次なる木を育てながら進めます。わからない不安を抱えながら少しずつ。わかったつもりになって大胆なことをする方が危ないと思います。

高村光太郎の詩『道程』の一節、

「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」

二十数年前に北海道の恩師から頂いた言葉ですが、今こうして、積み重ねてきた景色を眼前に見渡せば、これからを勇気づけ奮い立たせてくれるようで、なんともありがたい心持ちになります。自信はその都度塗り替えなければ脆く見失うほどに儚い。これからも事故なく山の暮らしを続けていけたらと思います。

「お山の宿みちつじ」のプリン。きめが細かく滑らかで本当に美味しかったです。カラメルも美味しかったー!

冬の楽しみ

クリスマスが近づき、今年もヨキコーヒーさんにシュトーレンをお願いしました。ずっしりと質実剛健なお菓子。香ばしいバターとお酒の香り、そしてフルーツとナッツの濃厚な味わい。厚めにカットして頬張るのが幸せです。

日曜日は大抵、薪割り。斧はこの家に残されていた物で、形からして伐採用だと思いますが、特に使いにくいこともないので、愛用させて頂いてます。

矢と槌は自前。斧で割れないとき補助的に使います。当初は斧だけで格闘していたのですが、地元の方がそれらしいのを使っているのを見て、道具屋へ走り手に入れたものです。30代の無茶が祟ってしまったのか槌にヒビが入ってしまいましたが、柄の細さと全体のバランスがよく、気に入って使っています。

天気が続いたので鷹の爪が綺麗に干せました。

初雪の工石山

昨日、麓はみぞれ混じりの雨。山の上は雪でした。雨が止んで晴れ間が見えても風が冷たく、外での作業はかなり冷えました。雪化粧をした峰々を見るとそこへ行きたくなります。

翌日の天気は晴れ。気温もあがる登山日和ということで、近所の工石山へ。朝起きると、家はすっかり冷え切っています。薪ストーブに火を入れ、湯を沸かします。路面凍結が恐いのでお昼頃に向かいました。駐車場にはかつてないほどの車。山は老若男女で賑わっておりました。おばちゃん達はおしゃべりを楽しみ、小さい子がビッグサイズのカップヌードルを美味しそうにすすっています。休日は山で憩う。そんな趣味を持っている人たちが結構いるんですね。

木漏れ日の中、溶けた雪がキラキラ降ってきます。

 雪に縁取られた木々

山が好きだと連呼する嫁

静かな時間

ブナの森でテント泊

紅葉シーズン深まるにつれ、どっぷり山に浸かりたい欲求が高まってきました。昨年登った三嶺を含む剣山系は熊出没情報が目立つので、地元の山へ。汗見川沿いを登っていきます。(11月3日)  眼下の深い谷を流れるのが汗見川。伊予三島へ通じる峠の、その過酷さからついた名前と聞いたことがあります。

12時過ぎに登り始めたので、すぐ陽が傾いてきました。普通ならば下山する時間。すれ違うベテランさんにすれば今から?という感じ。テン泊であることを告げると得心の笑みが返ってきました。早く目的地に着かねばなりませんが、暮れゆく中を歩くのは好きです。遠くで鹿が鳴いてます。 今回は佐々連尾山(さざれおやま)の先にあるブナの森に泊まる予定。張れるところがあるのかどうか、行ったことがないので不安は残ります。水場はないので4ℓ用意しました。(結果、一泊二日で残り0.5ℓ)

 とてもいい場所が見つかりました。無事に張り終え、さて、これからが楽しみの時間。下山を急ぐ必要はないのです。

夕食は弁当。予定では昼が弁当で夜は米を炊いてカレーだったのですが、仕事の疲れが残っていたため朝は無理をせず、登りはじめが12時近くになったので昼は行動食とパンで済ますことに。ロープ場が所々あるアップダウンを4時間ほど歩いた後、煮炊きせず食にありつけるのはかえって助かりました。ご飯を食べながら、最近ニュースになっている遭難について何気なく話していると、気づけば嫁から笑顔が消えています。しまった、またやってしまった。とにかく、すまん。根が健やかな嫁はすぐに気持ちを切り替えてくれるので助かります。やれやれ。

張る際にあたりを調べても鹿の糞は見当たらないし、気になる気配もなかったと思います。逆に、静かすぎるほどで、風も、上では強く吹いているのに此処はそよぐ程度。気温も過ごしやすい。もちろん、私たちの他に誰もいません。何も不安になる必要はない筈です。とはいえ、私だってそれなりに緊張はします。テント泊はどうしたってワクワクドキドキ。

どこでも眠れる人はいいのですが、私も嫁も苦手。下山後に我が家の布団に入った時が極楽と思う方です。毎度長い夜を過ごすことになるのですが、今回は何も考えず只うとうとする時間を楽しもうと思いました。夕食後はまず横になることに。やはり眠れません。

テント内に敷く銀マット、今回は銀の方を表にしてみたのですが、それがいけなかったようで、わずかな傾斜なのに、その上のエアーマットが滑ってすぐズレ落ちてしまいます。直してはズレるの繰り返し。一方の嫁は何の問題もなく安定している様子。さぞ、横で鬱陶しかったことでしょう。輻射熱があるから銀を表にするという話ですが、暖かさはあまりかわらない感じです。そもそも熱源の無いところでは?ですし、下から上がってくる湿気や冷気をまず防ぐという目的では、やはり銀のフィルムが下の方が理にかなっていると思うのですが、、、。結局敷き直すことにしました。

狭い中、荷物をどこに置くかも重要です。私の場合は毎度ザックを空にして足を突っ込むのですが、今回は腰痛が気になってしっくりきません。足元に寄せたところ、それも具合が悪い。整体で膝下にクッションを入れてもらうことを思い出して、そのようにするとようやく落ち着いて眠れるようになりました。枕は取り外しのできる雨蓋に衣類を詰めて。そうこうしているうちに、いよいよ夜の帳が下りたようです。

外に出れば、月明かりに照らされた静かな森が佇んでいます。紅茶でも淹れようか。アルコールストーブで湯を沸かします。もみじ饅頭が美味しい。カサカサ葉の落ちる音がします。

さて、冷えないうちにテントに戻りましょう。寝袋に包まりながら星空が見れたらいいのに。また鹿の鳴き声がしましたが、ビバークの時と違い、蹴られてテントが谷に落ちる心配もないので、まあ落ち着いて寝られそうです。

夜明け。外気温は5℃  POUSSERさんのパンとコーヒーの朝ごはん

 嫁、歓喜の図。

嫁が、ブナ爺にまた会いにきますと言ってます。

腰痛明けの山行

初めてビバークした山へまた来ました。

四十にして惑わず、という言葉を改めて紐解けば、「惑う」は、ただ、おろおろするという意味だけでなく、

「平常心・(初志)をかき乱すような事に心を奪われる」

とあります。倫理(行動の規範としての道徳観や善悪の基準)や良識(健全な判断力)では動かない世間において、平常心はいかに揺らぎやすいことか。

先日友人からあるショックな出来事を聞かされたのですが、歳を重ねるごと色濃くなっていく個々の人生、仕方がないと思いつつも、つい考え込んでしまいます。それぞれに異なる根っこ。それぞれの生き方。山仕事で身体を疲れさせても夜中に目が覚めてしまい、いよいよリズムを取り戻さないと身が持ちません。山登りをして一度リセットしたいと思いました。思考を健全に保つには花鳥風月が必要です。

山行前夜、21時前に就寝で目が覚めたのは0時半。弁当を作り、2時に再度布団に入って6時起床。結局登山口に着いたのは10時過ぎ。無理をせず途中で引き返す前提で登り始めました。

ゴーヤと生姜は塩揉みして搾ってから少量の梅酢と醤油で風味付け。インゲンはソーセージと一緒に茹でて粒マスタードで和えておけば即席のピクルスに。定番の卵焼きは今回砂糖を使わず、卵6個に対して味醂と醤油を合わせたものを100cc。しっとり甘くて山弁当に最高に合いました。

山の静寂には毎度、新鮮な感動を覚えます。ここに来なければ得られなかった静寂。遠くに三嶺が天狗塚が見えます。

刻一刻と変化してゆく陽光。辺りにキツツキの音が響きます。遠くで鹿の鳴き声がします。暮れ行く緊張感が嫌いではない私。長居したいのを堪えて4時に下山。

山仕事がはじまりました

秋も深まり、ストーブに火を入れると薪の消費が加速します。

我が家では風呂を薪で沸かすので年中薪暮らし。外出していて帰りが遅くなった日など、シャワーで済ますこともありますが、あまりサボっていると、虫が増えたり家が湿気ってカビが生えたり、冬は寒すぎてシャワーを浴びるにも気合がいるという切実さもあって、多分350日は焚いてます。なので、山仕事は欠かせません。

腰の具合は信じられないほど良くなりました。臀部のひきつりもほとんど無くなり、もはや腰痛持ちであることを忘れるくらいです。かつてに比べれば疲れやすくなりましたが、それについては、身体の感度が良くなったと前向きに捉えていいそうで、思い返せば、自分で言うのもなんですが、ねじ伏せるが如く酷使してきたと思います。今では毎日入念にストレッチをすることで下手な力みも取れて呼吸がしやすくなり、かえって調子が上がってきたくらい。

枝を払って片付けるのも、玉切りした丸太を運び出すのも、久しぶりにやればハードな仕事ですが、この暮らしが自分達の軸なので、心身が充足します。

 

穂紫蘇の季節となりました

朝露の中、チョキチョキ収穫。鳥の鳴き声がします。カラスは遊んでいるのか、まだ熟さない柿を落とします。気の休まる暇のない夏が終わり、やっとこの季節になりました。もう台風来ませんように。私は秋が一番好きです。

工房に戻ったら早速仕込み。これまでは立ちっぱなしの作業でしたが、坐骨神経痛を患った今ではとても無理です。バランスボールに座り姿勢を正して検品。時には立ち上がってみますが、たまらず直ぐにまた座る。ストレッチをしつつ気長に続けます。接骨院で、

「川谷さんはまだ若いですからね。大丈夫、取り戻せますよ!」

と、言ってもらえたことが嬉しい。近頃は「もう歳ですからね、無理もないですよ」の方がほとんどなので。(例えば老眼とか)

どのように歳を重ねていきたいのか、改めて考えます。年齢や状況、もしくは制約によって、やれる事やれない事は出てきますが、諦めたくないことのために何を諦めるか、、、私はここに宣言します。毎日の晩酌を辞めます。

一日汗をかいた後のビールはたまらなく美味しいし、心身ともにほぐれるように思うけれど、その実はどうなのかなと感じていたここ最近。腰回りについたお肉がとれないようになってきたことも気になります。とにかく、いろんなことを整理してもっと身軽になりたい。

これまで幾度となく挑戦するも、失敗してきた試み。今回ばかりは宣言することで、有言実行のプレッシャーのもと、完遂したいと思います。整体に通う新たな出費を捻出するためには、何かを捨てなければならないのが現実ですし。

ところで今日は週末、一仕事終えて日暮まで間があったので近所のダム湖へ一服しに行ってきました。ホットコーヒーをタンブラーに入れ、途中、アイスクリームとロールパン、それにポテトチップスを仕入れて。お酒を断つとカフェインと甘いものが余計に欲しくなるのは気になるところです。

この奥には大川村、そして旧本川村が存在し、背景には石鎚の山々が連なります。