月別アーカイブ: 2022年3月

白ネギのピクルス

春になり、とう立ち始めた頃が一番美味しいと感じる白ネギ。葉色も甘みも瑞々しく、栄養も高まっている感じがします。今年もたっぷり詰め込みました。

大根のレリッシュ仕上がってます

新たに栄養成分表示を加えることになり、その作業で瓶詰めできてからお知らせが遅くなりました。冬の間、凍れるほど蓄えられた美味しさを、鬼下ろしで料理に馴染みやすくしました。ミートソースのグラタンに添えるのが私の一番のお気に入りです。

春になり、雨になり、動き出す

寒く乾燥した季節も終わり、風が温み、雨が降っている。

この冬は町内でも火事が多かった。あまりに乾燥していると、草刈り機やチェーンソーの歯が石か何かに当たって出た火花でも起こるらしく、重機にハンマーナイフモアをつけて刈っていた現場の火事はそれだったようだ。力技な分、余計に気づかないのだろう。野焼きによるのものは相変わらず毎年のように起こる。聞くところによると、同じ人が起こしているようだ。消防団に入っている知人が呆れていた。あれから、火事には敏感になった。日暮れ間近、積んでおいた竹を短く切っていると火花が見えてひやっとした。煙は出ていないか、一度帰ってからジョロ片手に再度確認に行った。

5年以上前に伐って積み上げておいた竹と杉の丸太が崩れ落ちていく夢を見た。雨に濡れ、いよいよ朽ちゆく様がありありと見えたのだ。まさかとは思うが、急斜面なので他人の土地まで転げ落ちるかもしれない。谷を一直線に降ってゆくコールゲートは鬼門だ。

矢も盾もたまらず、辺りが白み始めると現場に行った。流石に夢に見たほど切迫した状態ではないようにも見えるけれど、支えにしていた切り株も頼りなく傾き、もはや予断は許されない。そう思うべきだろう。春になれば嵐も来る、虫も出てきていろんな事が一気に動き出す。

いろんな片付けに追われるけれど、種を撒かなければ始まらない。先の先の今のためにあれもこれもがある。春は忙しい。

殆どが一株そのままの長さで3メートルほどの高さまで積んであった。踏み外せば埋まってしまうかも。手に追えなくなる前になんとかしなければ。

(2017年3月)

白ネギの仕込みもしなければならないが、今日も午後から雨の予報。杉の丸太に取り掛かることにした。

上に積んだ竹を避けていくと丸太が顕になってくる。自分で伐った後だからできる作業。人のやった後なら頼まれてもやりたくない作業だ。できる限り玉切りして搬出した後、ロープで確保しておいた。ようやく安心して寝られる。

春の道作りが無事おわりました

伐ったのは山側の杉3本。だいぶん明るくなってきた。

(今年1月13日時点の状態)

前日は雨だったが、当日20日は晴れ、少々風があったものの支障をきたすほどではなく、地域の協力もあって、片付けまで無事終えることができた。

崖の上と言ってもいいところに生えており、いかに安定して寝かせられるか、中途半端では終われない、本当に難しいケースだった。加えて、ケーブルに枝がからんでいたこと。2株が密接して生え、片方が斜め後ろ谷側へ傾いている起こし木であったこと。滑車を取り付ける立木が限られ、牽引方向がベストではなかったこと。それぞれが伐根直径60センチ前後の大径木であったこと。11月に一度、牽引具をセッティングしてラインを確かめ具体的にイメージしたところ、いかに問題を孕んでいるか解って仕切り直すことに。普段の畑仕事にはない種類のリスク。誰に頼まれたわけでもないが、正直なところ、もう勘弁してほしいと思ったものだ。搬出も危険を伴い、重労働になる。

万全を期すため、2本とも登ってワイヤーを枝の上の充分高いところに取り付けて牽引し、手前の一本は楔だけで倒した。スケジュール的に半日に3本は難しかったが、入念に対策を練り手持ちの手段を増やしていたことで、落ち着いて進めることができた。

次の冬までこのまま置いておく。全てを片付けるまで、まだまだ安心はできないが、兎にも角にも、無事に倒れ、安定した状態で寝てくれたことは大きい。皆が見ている前でする作業。誰から見ても安心感のあること。作業が淡々と進められ、無茶をしていないと見てとれるかどうかが今後にかかっている。手入れすべき山が集落の中にあり、急斜面にあるということがいかに困難であるか、知らぬままに借りてしまったことを、今更ながら、なんとも危うい若さであったかと思う。そこが植林になっていることそのものが異常だということさえ知らなかった。

周りの植生が豊かになれば、畑も良くなる。それは逆に言えば、周りの手入れをしなければ畑はよくならないということだ。借りた農地は東西を深い藪に囲まれており、南斜面にあっても日照が足りないということを後から知った。実が満足に着かなかったのだ。薮は獣の棲家になるばかりでなく、虫の温床にもなるし、湿気を溜めてしまう。気の流れが悪いというような観念的なことを持ち出すまでもなく、そこで農業を生業とするのは厳しい。

石鎚の麓で発酵茶を作ってきたご夫婦の言葉が印象的だった。村を去る人々が山を植林に変えてしまってから次第にうまく発酵しなくなった語っていた。自分の手の届く範囲でもいいから、この暗澹たる混沌を払拭できるものなら払拭したい。少しでも、この先きっと良くなると思えること、将来を楽しみにできることが生きるためには必要だ。にしても、一つ一つが実に重い。ひとりの人力で大径木を片付けられるのは40代までだろうか。時間が限られていることを嫌でも思い知らされる。美しいと思えるところで暮らしたい。

7days Hotel さんに

高知市はりまや町にある7days Hotelさん

この度ありがたいことに、laatikkoという、溢れんばかりの思いが詰め合わされた素敵な箱の一品として、また店内のショップにも置いていただけることになりました。

その成り立ちからも市内の他のホテルとは一線を画すセンス。今回うちのピクルスを紹介してくれた友人が長年勤めていたり、マーケットで知り合った作り手さんが働いていたり、以前私たち夫婦も市内に泊まる際に何度か利用させて頂きましたが、その際にも若いバックパッカーの女の子が泊まっていて、その緊張と期待の入り混じった表情が印象深く、そういえば、東京に住む義理の妹もいつどこで知ったのか高知出張の際にはよく泊まっていたと後で聞かされて驚いたり、いろんなところで共感を呼ぶ居心地の良いホテル。

プライベートでゆっくり思い思いの滞在が可能な、キッチン付きの広い部屋を新しく作られたそうです。

枝打ち〜その2〜

カーブミラー脇の弱っている杉については手前へ、道に沿って倒す予定にしており、ガードレールに当たりそうな枝を打っておく。枯れた太い枝そのままではいつ何時落ちるかわからないので、いずれにせよ暫時片付けておかなければならない。藪の手入れを一旦始めたならば状況は変わり、次から次へと責任が生まれるのだ。

今回は車道に打った枝が落ちないようロープで確保しつつの作業となる。他の仕事の傍ら、これまで2日に分けて少しずつ切り上げてきた。木が健全でないため、皮が剥がれかけていたり樹脂が染み出していたり、枯れ落ちた枝の痕の出っ張りも厄介で、胴綱をしゃくり上げていく際に死角となる裏側が引っ掛かって思うようにいかない。命綱を頼りに胴綱のテンションを一旦緩めて引っ掛かりをとるのだが、その作業は樹幹と自分との角度が浅くなって足元が不安になり、余計にエネルギーを食われる。

3日目は写真下の地点から六本ほど打ち、自分の身体もうひとつ分上まで登ることになったが、そこまでになると樹幹は結構細く形もより歪に。高度が上がれば上がるほど必要以上に緊張し神経をすり減らしてしまう。新たな作業が加わって樹上にいる時間が長くなり、集中力を維持するのが大変だ。アンカーとする上方の手の届かない枝へロープを掛けるのに手間取って、自分の確保が疎かになる。一瞬でも樹上にいることを忘れてしまいそうになったことに慄き、足元の爪と胴綱の状態を確認する。手が届くところまで一旦登って掛ければいいのだが、そのためには、落としていない枝を跨ぐために胴綱を一旦外して掛け替えなければならない。今の装備でそれは難しい。やるほどに改善点が明らかになってくる。信頼できるハーネスと命綱、胴綱を掛け替えるシステム。不測の事態を念頭に入れるなら下降機も予備のロープも必要だ。ロープの色を変えることも大事だろう。

打つ枝も、物によっては太く片手で保持するにも大変な重さになるので、それを樹上で扱うのもまた神経を使う。ロープを手繰り寄せる際にぶら下がっている枝が爪にあたる。そんなことひとつ一つにすり減らされるのだ。

とにかく忘れないうちに少しずつ経験を積み、シンプルな道具で基礎を学ぶ。そしてシーズンの終わりを良いイメージで締めくくりたい。