投稿者「ikufarm」のアーカイブ

畑のようす〜四月下旬〜

ズッキーニを植えました。ここは昨年紫蘇を植えたところ。奥の藪が片付いて居心地がほんとに変わりました。

 

その下の段に今年は生姜と紫蘇を植えます。ここに管理機を入れるのは初めてです。5年前に一度オクラを育ててみましたが、まだ奥の藪を伐り払う前で日照量が足りず、実が思うように着いてくれませんでした。いずれ手前の藪も片付けていかなければなりませんが、生姜や紫蘇なら大丈夫のはずです。

草の根や竹の地下茎が強く、また、大きな石がゴロゴロ出てくるため、管理機では殆ど上がらず結局は鍬仕事になりました。例にもれずかつては田で、トラクターによって土が縁に偏りすり鉢状になっているので、それを直すために手箕で何度も運ぶのは骨の折れる仕事です。しかし、こうして歩いて通える畑が整っていくのはなんともうれしいものです。

 

 

畑のようす〜四月中旬〜

春の作付けを前にいろいろありますが、それはそれとして、種を蒔き、畑の準備をし、植え付けも始まっています。

昨シーズンの新作、「Hot Dog stuff」をいよいよ本格始動する為にキャベツを植えました。苗は本葉3枚でベストな状態、畑は人参後です。植え付け後一週間は目が離せません。雨の日以外は毎日、20リットルタンクを6つ分、ジョウロで水を遣ります。防虫の為にこれまでは不織布を使っていましたが、獣に穴をあけられ劣化も激しく2年そこそこしか持たないので、ネットに切り替えました。値段は倍しますが、通気性も透光性も俄然よさそうです。

キャベツの上段にはにんにくです。これまでは購入した種芋を使っていたのですが、今回からは自家採種です。はやくそうすれば良かったというくらい、出来が違いそうです。

太い物はこのサイズ。今年は生鮮で新物をお届けする予定です。キツくはないので、是非、生や素揚げで食べて頂きたいにんにくです。

転機

報告が遅くなりましたが、三月に入った頃、今年作付けする畑に行くと、この畑もその畑も、なんということでしょう、予定していた畑のほぼ半分が全面踏み荒らされ掘り起こされていたのです。更に2か所、排水の為に切っていた溝が踏み込まれヌタ場になっていました。

いく農園が借りている土地は三地区に分かれていて、それぞれに解決すべき問題はあるのですが、この一つは猪が年々その範囲を広げ、ついには鹿に遭遇する処になっていました。年末まではまだ穏やかに充実した畝が並んでいたのですが、、、

一昨年はきゅうりと人参を作付けしたこの畑も辺り一面荒らされました。(下の2枚はその時の写真)

  

さて、さて、どうしたものか。ショックでしばし呆然としました。掘り起こされ踏み込まれたことで、不耕起栽培で手入れをしてきた年月が無駄になったとは思いません。骨の折れる仕事にはなりますが、修復することは可能です。しかし、修復し作付けしたとしても、また繰り返し荒らされることも十分に考えられることで、何か対策を取らなければいたずらに消耗するだけです。この地区は特に高齢化が進んでいるようで、何か具体的な獣害対策を取っている話も聞きません。

いく農園では、土作りのために二年一作、休ませる間は草を極力生やしてきましたが、その茂みが獣との境界を近づけ害を広げることになるならば、やり方を変えざるをえません。今回やられたところ一帯は山に隣接し、高齢化によってあまり手入れがされず茂りがちな土地が分布しています。刈敷きで土が肥えてミミズが増えること、水が浸みだすところがヌタ場になることが、イノシシを呼ぶ直接の原因でしょうから、私の畑は格好の場所です。柵で囲うのは地形的にも労力的にも経営的にも現実的ではありません。聞けば電柵は、その際に生える草を処理するとき、草刈り機を使えないので結局は除草剤を使うことになるのだそうです。

声の掛かった土地から借りるしかなく、結果的に耕作地が複数の地区に分かれたのですが、リスク分散という意味でそれをよしとしてきました。かつてショウガを荒らされた地域では里と山の境に柵が張り巡らされ、その内側に残っていた個体は猟で仕留められたのでしょう、その年以降は出なくなりました。そのおかげで、今回のハプニングにも被害の及ばない代わりの土地があるからこそ冷静に対処できたのです。しかし、一方でそこに住んでいないが故に地域との関わり方が難しく、イノシシの被害情報が事前に入ってこなかったり、高齢化が進み担い手が不足し、集落営農として求められる負担が重かったり、複数の地区に所属する難しさを感じる事も出てきました。リスク分散はできるかもしれないけれど、それぞれのリスクについて充分な予防や対処ができなくなると感じるようになりました。

結論としては、今回被害を受けたところは残念ではありますが作付けをやめて刈り場とし、これまでよりも頻繁に刈る、そして、いずれ自分で猟ができるようになる方向を模索することにしました。まだ何も知りませんが、木を伐ることを覚えるように、獣害を自分で防ぐ手立てを見つけなければ、やはり農業で食べていくことはできないのだと思います。

刈り場についてはこれまで足りていなかったこともあり、また農地を集約することも課題でした。いずれにしても、今のやり方は体力勝負で若いうちだからできることなので、やり方を変えるしかなかったのです。多少無理をしてでも軽トラを買って、よりたくさんの刈り草を運び土を充実させる方向です。40歳を手前にしてこれからの20年を考えるとき、強烈なイノシシの害が思わぬきっかけとなりました。作付けできなくなったのは耕作地全体の約3分の1にわたります。それだけの面積を刈り場にするなどもったいなくて、こんなことがなければ割り切って考えられませんでした。結果的にはとてもよかったのです。

 

刈場から運び積んでおいた草を細断する作業。今後、いく農園における土作りの基本となります。

 

 

生姜のメープルスイート

4キロの生姜に対してオーガニックメープルシュガーを贅沢にも1キロ使っているメープルスイート。そのコクと香りがあっての一品です。とにかくおいしさを凝縮させ、一粒を噛んだとき瑞々しさが弾けるように当初よりもあられ切りのサイズが大きくなっています。色もより鮮やかになって生まれ変わりました。

まさに、メープルシロップにまで凝縮されています。わが家ではパンケーキに添えて食べるのが一番のお気に入りですが、そもそも、このピクルスはホットワインをイメージして作ったもの。そして、メープルシュガーを使う発想は、その頃やっていた「まっさん」で初期のワインにメープルシュガーを使ったというエピソードに、おおっ!となって生まれました。だからでしょうか、ウイスキーにとても合うのです。その際にお勧めなのが、ローストしたアーモンドやカシューナッツと合わせ、お好みで黒コショウを粗く挽くというもの。是非、お試しください。

 

冬仕込みの大根レリッシュ塩糀×パプリカ

 

辛みのある大根を、米のとぎ汁で下茹でするという和食の基本から思いつき、夏大根からはじめた塩麹×パプリカ。夏と冬それぞれで作ってきたところ、大根に含まれる水分量がやはり夏の方が多く、甘みや深みがあって食べ応えのあるレリッシュにするには冬仕込みの方がいいという結論に達しました。塩麹の仕込みでも水に対する米麹の割合を上げて更に濃厚になり、チーズ感が増しました。より充実した塩麹×パプリカです。

大根といえば、久しぶりに街に降りたとき友達に、「ん?なんかいいにおいがする、そうだ、燻りがっこのにおいがする!」と言われたことがあります。薪暮らしで、服が燻されていたことに加え、大根の仕込みをしていたからかもしれません。

大根の千切りに共和えしたり、室温に戻したブリーチーズに添えたり、春は色よく茹でた菜の花に添えるのもおすすめです。

 

 

新生!大根のレリッシュ

大根レリッシュが生まれ変わりました。

実はこれまで、大根独特の臭いをどうすればいいのかと悪戦苦闘してきました。隠し味に少しショウガを入れたり、ゆず果汁を多くしたり、マイナーチェンジを繰り返すもののますます混迷し、いつしか作る瓶数を減らす傾向にありました。しかし、意外と「白い方の大根レリッシュ」が好きと言ってくださるお客様はいて、なんとか打開策はないものかと模索していました。そんなとき、パン屋さんでたまたま買った「ブリーチーズ」のトロリと熟成された中に、その大根の香りがして、それが黒オリーブのパンと赤ワインにとても合うことに驚きました。和風過ぎると思い込んでいたその臭いこそが、大根最大の持ち味であることを再認識したのです。改めてその香りを全面に出すよう当初のレシピに立ち戻り、マスタードとローリエを底上げしてシンプルに仕上げました。

ペンネのミートソースグラタンに少し添えたり、ハンバーグに添えたりしてみましたが、マスタードが効いていて今まで以上に馴染みがよく、レリッシュがあることでメインもワインもよりおいしく感じられました。

おすすめです!

 

 

 

春のお祭り

荒神様と氏神様のお祭りがあり、わが家もいよいよ春を迎えました。

フキノトウを食べ、種蒔きも始まりました。

 

 

畑作り〜支障木の伐採〜

3年かかった畑西側の伐採一番の難所が終わりました。この最後の一本を伐る為に、これまで時間を掛けて組上げてきた仕事の全てがあったと言えます。

 

牛舎脇に立っていた直径60センチ弱の杉。倒す方向が電柱を支えるワイヤーによってさらに限定されていました。なによりも牛舎や電柱、電線に倒れないようにするため、その対角にあるワイヤーが張られた方に倒すことができたなら、あえて危険を冒す必要もなかったのですが、手前に設けられたウォータースライダーのような水路といい、事故を誘発する要素が重なっています。さらに、今回は倒す方向にロープを引っ張るための立ち木はありません。薮に呑まれ朽ちていたのです。さすがにこれは無理かもしれないと思いました。

しかし、諦めてしまうと状況は悪いままです。その覆い被さる木によって、この先もずっと畑の空気は淀み、露に打たれて作物はじわじわ傷み、どう仕様もない気持ちに重く暗く沈む自分を思うと、やるしかありません。大げさに聞こえるかもしれませんが、そもそも耕作放棄されていた土地です、まわりも手入れをされずひどい状態でした。薮蚊も多く居心地の悪いところで元気な作物が穫れるわけもなく、そこに通うのは苦痛でしかありません。私が借りているのは手前の畑で、奥の薮を手入れすべき責任はないのですが、地権者に掛け合って伐らせてもらうことにしたのです。しかし、最後の一本はクセが強く大径木であることに加えて、電線や民家(牛舎)の際に生えているという更に困難な状況にあったため、確実に安全に倒せる保障はありませんでした。

周りの竹を取り除き視界が広がって行くと、一筋、いけるのではないかと思える方向が見えてきました。さらに数日かけて考え、眠れない夜はじっくり布団の中でイメージを深めました。体力の回復を待ち、気持ちを固めました。

まず、電線と牛舎側に張っていた枝を届く範囲で落とし、斜めに張られたワイヤーをガードするよう、そばに生えていた木を高い位置で伐り倒しておきました。基礎に立ち上げられたブロック壁(牛舎壁の一段下、一枚目の写真で私が歩いている所)にもあたらないようにと考えると倒せる方向は本当に一筋しかありません。そして、倒れる際にどういう動きをするか、着地してからワイヤーの方に転がってしまったり、跳ねた樹幹がブロック壁を壊したりしないか。しかし、倒れるときは、これまでの伐採で3メートルに積み上がり斜面に張り出した竹の足場を支点として樹幹は持ち上がりつつ前方へスライドし、ブロック壁もワイヤーも越すはずなので、いけると思ったのです。隣に生えていた細い木で実証もできました。念のため、ブロック壁上面には笹の束や竹の枝葉を厚く敷きました。

チェーンソーのバーは幅40センチ。木の直径よりも短いので、切り進めるには反対の斜面下側に回り込む必要があり、切り口が胸高より上になってしまいます。危険な作業になり水平に切り進める事も難しくなります。そこで本来ならば足場を組むために段取り、まわりの竹もそれを踏まえて伐り進めていくのですが、ひとの土地ということがあって思うようにいきません。大詰めにさしあたって残していたのがいつの間にか無造作に伐られてしまっており、その株に足を掛けての不安定な作業になってしまいました。

何度も確認しながら受け口を定めました。芯切りの際に腐れが入っている事が分かりました。その範囲が定かではないので幅を控え、「つる」を厚めに残すようにしました。条件は万全ではなかったものの、一つひとつ確認しながら作業を丁寧に進めました。

しかし、楔(くさび)を打ち始めたところで吹いた少しの風。木を見上げれば恐ろしいほどしなり、あろうことか、最も避けるべき方向に傾こうとしたのです。薮を避けるよう山側に反っていた木が、倒す方向に少し傾いたことで牛舎に向かって反る形になったのです。血の気が引くとはこのことか。

一巻の終わりかと泣きそうになりながら、牛舎に倒れないよう必死に何度も何度も楔を打つのですが、思うようにいきません。急がなければ、、、蝶番(ちょうつがい)であるつるがもげれば終わりです。しかし、もげないよう、厚く残していたことがかえって、楔を入れにくくしていました。次の一手をどうするか、「やるべきこと」と「やってはならないこと」、そして手順の一つでも掛け違えてはらない。民家に隣接しない山の中なら躊躇せずにやってしまえることが、ここではどうしてもためらわれます。次にやるべきことがそれなのか、確信がなければできません。

つるが厚過ぎることもまた危険であると手引書には書いてありましたが、では具体的にその機能においてどういう結果を招くから危険なのか、経験がないので分かりません。しかし、これまで同じくらいの厚さで直径50センチを超す木は無事に倒れてきました。楔が少しずつでも入るならば先ずしっかり入れるべきだとは思うものの、無理が過ぎればつるはもげるかもしれないという不安も拭えません。とにかく、少しでも入りやすいように、ロープで引っ張ることにしました。支柱とする立木は竹しかありませんが連結させて強度を持たせるしか、仕方がありません。伐り始めた木の下を行ったり来たりすることが絶対に危険なのはわかりますが、牛舎ばかりか、まさか家屋に倒れるなんて許されるわけもなく、嫁や家族には申し訳ないけれど、その時の私には、たとえ木の下敷きになっても仕方がない、自分が死んで詫びるしかないという思いがよぎっており、とにかく克服するために必死でした。無事に済んだとお疲れの乾杯をしたい、その一念に集中しました。

予め水に浸しておいたにもかかわらず、ヨキ(楔を打つ手斧)の柄が半ば折れて抜けてしまいました。代わりを取りに家に駆け戻り、ロープを張るために斜面を登って降りて、、、その間も風が吹き付けます。抜きようのない力みから、急速に体力を奪われ、息があがり、喉が乾き、ハンガーノック(しゃりバテ)の予兆も見えてきました。水を呑み、嫁が用意してくれていたおにぎりにかぶりつき、チョコレートをむさぼり食いました。最悪の事態を考え、牛舎に声を掛けに行きました。しかし、留守。

つるを調整しなおす場合は、追い口をさらに切り込むよりも、まず受け口を切り直すほうが先だと念頭にありました。今回は楔だけで倒す事が前提だったので、追い口が充分に深くなければならないと考え、対する受け口を浅めにしていたのです。これはあくまで私の解釈ですが、つるの位置が木の中心線よりも前にありすぎることは、例えば、取り付ける二つの蝶番を両側に離すべきところ、寄せすぎて結果ぐらつきやすくなるというように、横方向の力に対して極端に弱くなるはずなのです。つまり、楔が効かないからといって受け口をそのままに追い口を切り込むことは、つるを薄くするだけでなく更に前へ動かしてしまうことになり、牛舎に向かって吹く風に対して絶対に弱くなる、この状況でもっとも「やってはならないこと」の一つのはずです。

今回の経験で確信を深めたことは、やはり「受け口」が倒す方向を決める「起点」であるということ。一本一本条件の異なる木を倒したい方向に倒す行為においては、不確定な要素やわからないことが依然としてあります。しかし、ひとつひとつの手段においては、起点を拠りどころとして定めなければ、後で微調整をくわえることも、論理的に組み立てることもできなくなります。すべて漠然としていては、この失敗の許されない状況において次の一手を打つことができないと思い知らされたのです。ですから、切り直すときは向きが変わらないよう細心の注意を払いました。反対の斜面下側は足場が定まらないので繊細な作業は出来ません。直線を出すのがとても難しい作業になりますが、片側からバーの先端部でほんの少しずつ、目で確認できる幅だけを均等に切り進めるようにしました。少しでも傾いたタイミングを見過ごすとバーが挟まって抜けなくなります。その時点でさえ倒れていなかったら、確実性をもって駒を詰めることは、もはや不可能になります。切り残しはヨキで慎重にはつりました。しかし、木は反応しません。既に、楔を追い口に埋まるほど打ち込んでいます。時折吹く風がいやがおうもなく緊張を強います。時間がありません。日も暮れ始めています。

残るは追い口に手を加えるしかありません。深く設定していたおかげで、なお手のこが入る隙間がありました。手引書にかかれていた偏重木の伐り方、追い口を受け口に平行ではなく少し角度をつけて入れる、という方法は頭にあったものの、今回の状況に確信を持って当てはめることができずにいました。しかし、もはやその一手を入れるしかありません。谷側、真ん中、山側と3つある楔を打ち込むときにうける抵抗の違いからも木の重心が山側(牛舎側)にあることは明らかで、意図せず打ち進めれば、先に谷側のつるから裂け始めて山側に倒れてしまうところ、より強く打ち込んでいた山側にだけ入っていました。思うように楔が効き始めている証拠です。風に耐え、最後までもってほしい谷側のつるはそのままに、山側にだけ少し切り込みを入れて楔からの圧力に耐えている力を開放する、今こそ、その目的が、手引書に書かれていた方法と一致する、そう確信しました。

日も暮れてぎりぎりのところ、なんとか間に合いました。結果は一枚目の写真で分かるように、無事に障害物を飛び越え、牛舎にも電柱や電線にも触れることなく倒すことができました。最後の一手を入れ、即座に木が反応して音を立てたとき、「これで牛舎には倒れない」、選択が間違いではなかったことが分かり、かく汗に温度が戻ったようでした。

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私は林業に携わった経験があるわけではなく、今回の伐採は明らかに身の丈を越えていました。思い返しても冷や汗が出ます。しかし、やるしかなかった。

このような支障木はやっかいだからこそ、これまで放置されてきたはずです。本来ならば電線を張るときや水路をコールゲートにするときに伐り倒しておくべきだったのでしょうが、ではその時、だれがお金を払い、だれがリスクを負うのか。問題となった一本を伐り倒すためには、事前に竹藪を一掃し、作業ができるように後始末をつけておく必要があるはずです。安全を確保するためには重機を使う大掛かりな仕事になるかもしれません。それに、作業で畑を踏み荒らされることは避けられなかったと思います。急斜面に竹を積み上げた足場も年を追う毎に弱く不安定になり、倒れた木を受け止める事ができなければ予想外の危険を生んでしまいます。なので、いずれにしても、自分で伐るしかなかったし、このタイミングしかなかったとは今でも思っています。見守るしかない嫁は心配のあまり体調を崩してしまいました。

山間部にはこうして、誰も手をつけず放置された跡や、ゴミ、理に適っているのか疑いたくなる工事の穴が至る所にあり、何とも言えない気持ちになります。誰も正解を持ち合わせてはいないのではないでしょうか。

畑作りにおいて、陽当たりと風通しを確保できなければ、いくら土作りをしても、そこで身を立てることはできません。黙ってやらせてくれた地域の方々に感謝します。

(写真上の昨年5月の状態、下から伐り進んできたところ)