藪の伐採〜つづきその4〜

数日雨が続いた。いよいよ4月が近づいているので、暫時もう一方を伐る。手前二つの切り株の間を狙うが、ライン上に前回伐った株が大きくかぶっていたため、3分の1ほど、地際まで切り欠いておいた。

受け口を入れ、追い口を入れ始める。

いつも通り、打ち込む重さを確かめつつ追い口を切り進めてゆく。谷側正面に立ったとき目線より高く設定してしまったのが、仕事を難しくした。ライン前方が若干突き出ているため、また、道上の桑の木を伐ったあとはこの株元へ寄せて安定させたいのもあって、ある程度高く残す必要はあった。とはいえ、何を優先させるか考えが定まっていない。たとえ、元口が跳ね上がっても、前回のように山側へ大きく振れることはないし、株元から千切れ落ちても問題はない。それよりも、木が山側に反っているため、谷側のつるを切りすぎないよう、気をつけなければならない。その大事な作業がやりにくかった。チェーンソーの調子も思わしくない、妙に歯が滑る感じがする。後から思えば、去年チェーンが破断してしまった時の感覚に近かった。やはり刃当たりの調整不足であった。

シビアな木を伐る場合は特に、気力体力ともに万全な状態で臨みたいのであるけれど、立て続けとなればそうも言ってられない。そもそも今シーズン、当の二本を伐るつもりはなかった。しかし、4月1日から木を伐るには許可がいるという話が俄かに出て、指定された山域に限定されるのか、事業者として伐る場合に限られるのか、憶測が飛び交い、役場に問い合わせれば済むことかもしれないが、いずれにせよややこしい話になるのであればその前に片付けておかなければと急いだ。難しい木を伐るためには、事前にある程度難しい木を伐って、感覚なり、手順なり、抑えるべきポイントを思い出す必要がある。身体のコンディションとしては前回で終わりにしたいところだったが、来シーズンはじめに伐るべき一本が容易ならざるそれという間抜けな状況を作りたくはないので、多少の無理をしてでも、方を付ける必要があった。とにかく、調子が出ない時でも如何に失敗しないかである。最も避けるべきは山側へ逸れないこと。前方の切り株に激突させないこと。

弱気な分、ツルを厚く残そうとするので、楔がなかなか入ってゆかない。楔の尺をほとんど使い切ったところでようやく角度が付いてきた。思っていた以上に難儀し、集中が切れそうになる。呼吸を整え、後ろ正面に立って幹の曲がりと手前山側の切り株との位置関係を確認する。初めに設定した受け口の角度で問題ないはずだったのだが、思っていた以上に反っていたようで、まともに当たりそうだ。受け口を谷側へ調整する。当初の目標を変えることになるが、たとえ逸れても谷側ならば今回は問題ない。安定するよう、他にも株は残してある。

前方で道を止めてもらっている嫁にそろそろであることを伝える。4つ目の楔を入れ、一つを浮かして手製の太い楔に替える。とにかく山側へ逸らさないことが大事だ。さらに楔を追加。山側のつるが裂け始める。しかしまだまだ楔が重い。厚く残していた谷側のつるを切り込む。弾けるように裂ける音が鳴った。一瞬、冷や汗が出る。山側へ逸らさないためには谷側のツルを最後まで効かせ、山側への一手によって倒さなければならない。今一度、深呼吸。満遍なく楔を打ち込む。少しずつ入りやすくなってゆく。いよいよである。

後ろ正面に立って方向に問題がないことを確認する。目標とする株と株の間に収まるはずだ。最後に楔を打つ。ゆっくりであるが、とてつもない量感で、軋み裂け、ちぎれ抜ける音と共に動きはじめる。じっくり挙動を確かめようとするものの、怖さが先立って思うようにいかない。より斜め下方への伐倒ということもあり、着地の衝撃凄まじく、空気が揺れた。

緊張冷めやらぬ中、とにかく無事に済んだことを確かめる。狙ったラインより谷側へ逸れたが問題はないようだ。全て現場に収まっているし、不意に動く要素は見当たらない。しっかり安定している。(現場は道と他人の土地に囲まれた三角州のような狭地なので、勢い余って滑落すればはみ出す恐れもあった)

渾身の力で何度も何度も楔を打ち込んだ。よく身体が持ち堪えてくれたものだ。虚脱感の中、いよいよ自分の年齢に不安を覚える。

直径は65センチ強、山側のつる幅10センチ、谷側のつる幅10センチ強。厚く残した谷側はより裂け上がっており、残し過ぎたことを意味している。楔を打ち込む余地が十分過ぎるほど残っている点を見ても、受け口を必要以上に浅く設定していたことがわかる。その分、楔の効きは甘くなる(打ち込む割に起きない)し、打ち込むのも大変になる。改めて受け口の深さを測ってみれば10センチ。浅すぎだった。基本は大径木ならば抜根直径の3分の1、つまり今回の場合は20センチ前後。)牽引できない状況のため、楔だけで倒さなければならないからと、できるだけ受け口を浅くしたわけだけれど、そのことがツルを弱くするだけでなく、楔の効きを悪くし、今回思い知ったように、打ち込むのが余計に大変になるということがわかった。

結果的にはベストなところへ落ち着いたようだ。とはいえ、狙った通りではなかった。何故そうなったのか。倒れたのは最終的に設定した受け口正面であった。

数日を経て、ひとまず出した答えは、木の真下からよりも俯瞰できる前方正面からの目測を信じるべきであるということ。前回も、カーブミラーの柱に当たるかどうかという判断において、遠く前方から見ている嫁の方が、調整の早い段階で当たらないと見えていた。つまり、嫁がもう大丈夫と見た時点で私はまだ当たるように見えており、さらに谷側へ受け口を調整したのである。結果、谷側へ逸れてしまった。とにかく、厳密な精度を求められる場合は、充分離れた前方から再度確認するべきなのだろう。

実際の軌道をイメージしてみる。例えば、半球の空を描く月の軌道。全く反りのない真っ直ぐな木の描く軌道が真上を通る季節のそれであるなら、反った木は冬に向かって角度がついた月の軌道を描くのではないか。三角定規を使ってみるとどうだろう。短辺を受け口、斜辺を木の反りとして、パタンと倒してみる。そうすると、先に述べた月の軌道のようにはいかないようだ。角度のついた月の軌道。それをもたらすのは受け口が水平ではない場合、例えば、斜めに立つ幹に対して直角に受け口を設定した場合は容易に想像できる。模型で実験できればはっきりするのだが、、、頭の中だけでは限界がある。

ただ、見え方について言及すれば、近くの対象が遠ざかるにつれて視角は浅くなってゆくわけで、錯覚してしまう可能性は考えられる。自分の腕と指を使って実験してみる。前腕を木に見立て、人差し指で幹の反りを表現する。肘を支点として倒れる動きを再現し、前方の柱か畳の縁か、適当なラインに向かって倒していった時、見え方において、指先とそのラインとの間は一定ではなく、手前から遠ざかるに連れて狭まってゆく。つまり今回に照らし合わせれば、反った幹が山側にある対象物に当たりそうだと、近くからは余計に見えるということだろうか。恐怖心がさらにそうさせるのかもしれないが。

見え方と実際の軌道とその誤差。今シーズンの2本に共通するのは、前方正面からの目測によって予め定めた目標よりも後方直下からの見え方を優先させて受け口の向きを途中で変えた結果、それに応じて逸れたということだ。

一日休息を取り、次なる桑の木に向かう。連日の負荷が蓄積され、指が一本腫れ上がってしまったが、何とかやれる。今回は道に倒すことになるので、地域の方にも手伝ってもらった。軽トラも使って三方の道を止める。

初めて追いづる切りを使う。斜め下方へ強く重心が寄っているので通常の追い口の入れ方では、途中、幹が捩れて刃を噛み込むかもしれない。それは去年の台風の後始末でも経験済みだ。直径は40センチ前後。下には避けたい岩と小さな欅があった。受け口を水平に作るのではなく、傾いた幹に対して直角に、倒れる際、素直にお辞儀をすればそれらを避けることができる。軌道をここで再検証する。

受け口を作ったら、刃を幹に突っ込んで貫通させる。つるを作り、そこから反対へ切り進み、端を残す。最後はそのストッパーである端を切り離して倒す。上手くお辞儀してくれた。

枝を落とし、2メートルほどに玉切りして元側の太いものは軽トラで牽引。梃子を使って転がし道脇に据える。先輩の知恵に触れられる貴重な機会。もう一方も同様に。

これで今シーズンの伐採作業は終わりだ。また一段と明るくなったし、また一つ不安を解消できた。次はこれまでに倒したものを片付けてからになる。この現場については出来るだけ早く、50歳までには終わらせたい。そして、木漏れ日の美しい小道になるよう、次なる植生を豊かにしたい。既に、そこ此処に紅葉や欅が顔を出している。山の手入れは自分にとって将来を楽しみにするための大事な仕事なのだ。