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畑のようす〜11月上旬〜

冬の作付けが一段落しました。

今年もたいへんな夏で、誰が言い出したのか「この数年で作物が育たなくなった」という言葉が何度もよぎりました。8月は収穫の最盛期と仕込み、そして草刈り運搬と冬野菜の作付けが重なります。気持ちを何とか切り替えて種を蒔きました。根気勝負です。

人参は一通り間引きを終え、寒さに備えて土寄せをしました。ここまで来れば、それなりの収穫を期待できるのではという感じです。

葉物の種まきは8月中旬からそれぞれの適期を探りながらやっています。

生姜と里芋は豊作です。里芋は背丈を超える程になり、赤目芋の親は1500グラムを超えるものもあり、白目芋の子もまるでオゴロモチ(もぐら)のように丸々肥えてくれました。

弟のこと

暮れにバイクレースの事故で弟を亡くしました。

愛する弟の死をどう受け止めたらいいのか。時速250キロ近いスピードでガードレールに激突する、それを避けられないとわかったときの弟の無念をどうしても想像してしまいます。もう会えないことが未だ信じられず、朝起きる度、ふとした瞬間、もう弟はいないということを思い出し、それが現実であることを言い聞かせる日々です。きっとはじめの衝撃で首の骨も折れ、一瞬の出来事で苦しまなくて済んだに違いないとは思うものの、両親が確認したという最期の瞬間を物語るような目を見開いた死顔、損傷の激しい遺体、その過酷な苦しみをあの年のはなれた可愛い弟が受けなければならなかったと思うと胸が締め付けられます。

これまで一度もレースを見に行ってやることができず、時既に遅しですが、弟が目標としていた鈴鹿8耐やお世話になっていたレーシングチームの動画、そして偶然見つけた今シーズンのレース、本人がトップを競って走っている映像を見たりすると、素直にかっこいいと思いますし、場の高揚感を想像すると夢中になるのもわかる気がします。まだまだ駆け出しであったと思いますが、バイクメーカーに勤め、技術職としてテストドライバーとしてバイクに携わり、ライダーとしてレースに出るなかで人生を掛けるべき仕事をこれと定め、そして頻繁に通っていたであろう鈴鹿サーキットを弟は自分の居場所として愛着を持っていたのだろうと思います。人生を切開くためには、危険や無理を承知でもやらなければならないことは往々にしてあると思います。弟がこうと決めてやってきたことの結果をただ受け入れるしかありません。事故は仕方のないことですし、弟が熱中していたバイク、そしてレースというものを私も大切にしたいと考えています。

告別式を終えた翌日、遺品を整理するため、両親と兄と共に、初めて弟の暮らしていた街に行きました。家の前にある公園のベンチ、その向こうにある河川敷、、、どんな思いでこの景色の中で暮らしていたのだろう。その日家を出たままの、飲んだビールの缶がテーブルに置かれたままの部屋に入りました。とにかく何を処分して何を持って帰るのか、迷いだせば辛く途方に暮れてしまうので、レーシングチームの方や弟の友人達の助けを借り、勢いでもって取捨選択していきました。父はこれから色んな手続きをしなければならないので、一番大変な書類の整理を。母が台所等を片付け、兄がバイク用品やその他部屋の中を片付けていきました。私は仕分けされたものを外へ運び出しました。何を持ち帰るか、レーシングスーツ等、折角のものでもただ飾るしかないものは重く悲しみを増すばかりに思うので断り、私は自分が日常で使えそうな物だけを貰い受けてきました。一回では終わらず、後日レンタカーを借りて家電や家具等を運び出し、部屋を明け渡しました。そして最後に、弟が時にぼんやり時間を過ごしていたという公園を歩きました。河川敷に上がり、もう来ることはないその街に別れを告げました。

 

弟が遺したものを思うとき、至らぬ自分が情けなくなります。何か決められずにいたことを決めることで、弟の死をただ悲しみに浸って風化させるのではなく、今後の自分を常に奮い立たせるものとして息づかせたいと考えるようになりました。そうでなければ、大事な弟を失った、このどう仕様もない喪失感とどう付き合えばいいのか、これまでとは見える景色が違ってしまいました。

弟は32歳でこの世を去り、私は40歳になりました。農業という仕事柄、数十年という長いスパンで物事を考えてきましたが、それ故、要となる身体を温存するためになるべく余計なことをしないようにしてきました。それは言ってみれば、好きなことをも諦める消極的なものでした。それでも今では首や手の痺れ、腰や膝の痛みを抱えるようになりました。この先いつまでもつのか、改めて自分の身体を顧みると、20代に鍛えた体力を30代で使い果たした感があり、気づけば膝周りの筋肉も首の筋肉も腰回りの筋肉も衰えていて、サポーター的役割を充分に果たさなくなっているのではと感じます。身体の柔軟性は失われていました。

sport という言葉の意味には「楽しみ、遊び」という意味の他に「もてあそばれるもの」という意味があります。何を目的とするのか見失いやすく、ともすれば人生を翻弄される。私はスポーツが好きでこれまでなんだかんだ続けてきましたが、厄介な負の側面があることを意識せずにはおれませんでした。行き過ぎた価値観が占めるところ、欲を掻き立てられ優越感に浸り卑屈にもなる。いずれにしても、ただ楽しいから好きだからで続けられるものではなく、そこには時間もお金もかかり、そして犠牲を生むこともあります。弟はスポーツで命を落としました。しかし、弟のことを「もてあそばれたもの」とは思いません。レーサーであることは弟に取って仕事に通じる大事なことであり、覚悟をもって決めた事だからです。生半可なことでは続けられないからこそ本来の意味はどうであれ、続けるなかで自分なりの意味を見出すことこそが大事なのだと思います。

自分の心身と向き合うためだけの時間を持つことは必要です。肉体労働をこなすにはやはりベースとして一定以上の筋力を維持する必要があり、それは日々の作業だけで充分に備わることはありませんし、バランスはどうしても崩れます。私の場合は痛めた身体を直すために整体に通うのではなく、やはり習慣として身体を鍛えることのほうが理に適っているのではないか。動きの中で偏りを取り、柔軟性を保ち、いつでも使える状態にする。これまでは後先を考えるあまり身動きが取れず、現を抜かしてしまうという漠然とした不安によって中途半端に終わっていましたが、今を生き、若くして逝った弟を思い、先ず一つ、決めることにしました。悲しみが大きい分、動きの中で静かに向き合う時間をもつ必要があったとも思います。

 

訃報を告げる父の声が今も耳に刻まれています。事故で入院したとか重体とか、そうではなく、もう死んでしまって既にこの世にいないということが信じられませんでした。何も考えられず呆然とする中、とにかくその日の内に弟に会いに行かなければと、供えるものをと思い、畑に向かいました。冬の静かな畑、人参や蕪、大根を引き抜いたときの瑞々しさに少し自分を取り戻せそうな気がしました。自分がすべき事は何か、弟のためにしてやれる事は何か、いつ結婚式に呼んでもらえるか楽しみにしていたのに、、、なぜ葬式なのか。

冷蔵カプセルに眠る弟は、その衝撃によって顔中内出血し傷だらけでしたが、整えられ、目も閉じられていました。戦いを終えたような精悍な、そして全ての力みから開放された安らかな顔をして眠っていました。緊急ヘリの上で既に死亡が確認されたという話で、凄惨なところをいろんな方々に支えていただき、あとから駆けつけた家族は静かに対面することができました。

その日は安置室に泊まり、一晩中弟のそばにいました。母のすすり泣く声、冷蔵カプセルの唸る音、弟の遺体も皆との別れをするまで必死に持ちこたえようとしてるようでした。通夜は二日後となりました。母は三日三晩殆ど寝ずにそこに留まり、告別式が終わってからも、殆ど寝られないようでした。父は式の段取りや手配だけでなく、死後の手続きなど、いろいろやらなければならない事、決めなければならない事があるので寝なければなりませんでした。

式には驚くほど沢山の方々が参列して下さいました。生前、弟がいかに多大なお世話になったことか。改めましてお礼申し上げます。そして、色んな方が弟の話を沢山聞かせて下さいました。甘えたな弟が迷惑をかけながらも多くの方に愛されていたことを知り、とても慰められました。

後日、父が弟の退社手続きを行い、鈴鹿サーキットではシーズン三位の表彰を代わりに受けました。それからコースを案内してもらい、事故のあったガードレールに献花させてもらいました。関係者の皆様、いろいろとお心遣い下さりありがとうございました。

2月の上旬に納骨することとなりました。

 

 

Hotdog stuff

 

今期の Hotdog staff ができました!

ザワークラウトの仕込から始まり、キュウリそして一か月遅れて収穫を迎える万願寺とうがらし、ピーマン、シシトウ、青とうがらし、すべての役者が揃ってはじめて瓶詰に至ります。ザワークラウトやキュウリの発酵熟成方法も試行錯誤で、いく農園にとってもっともハードルの高いピクルスの一つですが、やはり、発酵がうまくいけば最高に美味しいわけで、3シーズン目となり、ようやくまとまった数量を仕込むことができました。仕上がりも上々です!

その名の通り、ホットドッグでいちど是非お試しください。ケチャップとマスタードをかけると彩もとてもきれいですし相性もいいです。

キャベツは春先の乾燥期にどれだけ水遣りができるか、そして虫取りが何よりの勝負処、しっかり引き締まり重みのある玉に育ちました。

万願寺とうがらし、シシトウ、ピーマンは梅雨明け後ほぼ一カ月雨が降らない中も着実に成長し、無事収穫が始まりました。