月別アーカイブ: 2018年1月

農地の集約〜10年目の畑を手放す〜

年が明けて、決めたことを順次進めています。

先ずはじめは、10年かけて手入れをしてきた畑、約2反を返すこと。不耕起栽培においては年を重ねることでしか、その肝心となる変化と効果を期待することはできません。だからこそなお更、注いできた労力も思い入れも軽いものではありませんでした。今ではほんとうに穏やかないい畑になり、いよいよこれからというところ、手放すことになるとは。

しかし、先行きを考えれば、そもそも永く続けられる土地でもありませんでした。独立した当初は雨漏りのする町営住宅に住み、条件が悪くても声をかけてもらった土地から借り受けていきました。空き家も農地も限られていて贅沢を言える立場でもなかったからです。翌年、隣町に土地つきの家が見つかり、片道20分かけて通うことになりましたが、何をするにしても能率が悪く管理すべき土地も増え過ぎた為、いずれ手放さなければ自分の首を絞めることになるだろう悩みの種であったのも事実でした。

そうして、問題を抱えたまま主軸となる畑を隣町の二つの集落にそれぞれ2反、隔年で栽培してきたところ、作年の春にその一方の大半を猪に荒らされ、作付けをとりやめざるを得なくなったのです。急遽、家周りの畑を主軸にするため、刈り場から草を運ぶ軽トラを借金して買い、畑や作物の出来に自信を持てたので、ようやく手放す決心がついたのでした。暮らしている集落以外に担い手として複数の集落に属することの難しさ、今後の獣害対策を考えるにしても、農地を集約しなければ目処が立たないこともわかりました。

先日、地主さんにお伝えしたところ、快く了承して下さいました。これから順次草を刈って土地をならし、仕舞いをつけて返します。何かを得るためには何かを捨てなければならない。しみじみしますが、とても晴れ晴れした気持ちでもあります。これからは、管理すべき土地に追われることなく、じっくり畑仕事を楽しめるようになるのですから。それに、振り出しに戻ったわけでもありません。家周りの畑もまた、じき10年を迎えるのです。

それからもう一つ、地域の寄合の席でお酒を飲むのをやめることにしました。返杯が果てしなく続く高知独特の慣習に呑まれ、これまで幾度も後悔してきましたが、身体が資本、四十手前となってはこ れ以上、無為に擦り減らすわけにはいきません。日本酒を断ってビールで最後まで通したり、途中で抜けたり、お茶を挟んだり、いろいろ試行錯誤してきたのですが、 会計という役が付いて途中で抜ける事ができなくなったり、こちらから酌をして受けて廻らなければならなかったり、中途半端なことでは断れなくなったのです。年が 明け、小部落の人にまず伝えて協力をお願いしてきました。それでも、より大きい括りとなる部落の集まりや祭りとなれば、定着するまでその度に断り続けなけ ればならないとは思いますが、通すつもりです。これもまた結論を出すまで9年近くかかりました。しかし、晴れて結論が出たこと自体がよかったのです。

 

 

 

 

新年のごあいさつ

新年、明けましておめでとうございます。

独立10年目となった昨シーズン、おみくじは大吉からのはじまりでした。どんないいことがあるのかな〜と淡い期待を持ったりもしましたが、災い転じて福と成すべく試練の連続でした。節目の年というのは次の展望を開くために決めるべき事を決め、行動することで自らが節目とする年だったのかと、考えを新たにしました。おみくじには、

「人間の徳は その異常な努力によってではなく その日常的な行為によって測定されるべきものである」と書かれていました。

畑作りも本当にそうだな〜と思います。ひとつひとつ地味で目立たない積み重ねでしかいい結果を望むことはできません。如何に才能があるように映る人も、根気のいる日々の労働から逃げれば、もはや体現して見せることはできなくなり、また、志や大義を語るばかりで日々の些細な変化や新たな発見に感動することから遠ざかってしまっては、いずれ熱を失った繰り言しか発せなくなる。そのことを肝に銘じて、これからも畑に立ち続けたいと思います。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。