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秋の山行〜雨に降られた石鎚裏参道〜

先月の下旬に予定していた山行でしたが、仕事や体調など鑑みて延期することにしました。天気はこのところ変動しており、週間予報もコロコロ変わりますが、前日予報では11月2日からの三日間、晴れ間はあって雨は降らないだろうという感じ。しかし、当日になれば朝から一向に晴れず道中、パラパラ小雨も降る始末。無理となればいつでも引き返すつもりで向かいましたが、面河へ着く頃にはようやく晴れ間が見え始めました。

渓谷の紅葉はもう少し先でしょうか。かつての賑わいを思わせる国定公園の中、登山口へと歩を進めます。鳥居をくぐれば石段の急登。二日前にしっかり降った雨で足元が滑りやすいですが、ストックを使うことで一歩一歩に集中し、足への負担も軽減できるので安心です。高度を上げるにつれて葉が色付いてきました。木漏れ日に和みます。稜線に近づくにつれ風が強まり、遠くに見える石鎚の頂も二ノ森も濃いガスが覆っています。きっと強風吹き荒んでいることでしょう。

ひとまず、お弁当休憩にします。おかずはいつもの卵焼きに鶏の燻製、山東菜とニラの炒め物(にんにくレリッシュと醤油で味付け)、そして自家製紅生姜。

テント場までは所々の木道(急斜面のザレ場を通れるよう整備された道)が滑りやすく多少難儀したものの、予定よりさほどかからず16時過ぎに到着。夜の帳が下りる前に張り終えました。ところが、中に入って落ち着く間もなく、雨。

嫌な予感はしていたものの、さて、困った。フライシート(テントを覆う雨除け)のシーリングが劣化したままだったのです。つまり、このままでは絶対雨漏りするということ。

あれよあれよという間に雨足が強くなってきました。銀マットを本体との間に差し込めれば、側面はともかくも、頭上からポタポタ落ちてくることだけは防げるはず。しかし、なかなか上手く差し込めず、もたつくほど、フライシートを伝う水で余計に濡れてしまいます。山では濡れないことが鉄則なのに、あろうことか、夜を過ごす頼みの保温着がびしょびしょ。なぜ、それらを脱いで、仕舞って、雨具を着てからにしなかったのか、自分。

(登山口の看板)

どうにかこうにか、銀マットだけは雑にならないよう被せました。暫時、靴をビニル袋に包んで濡れないようにしないと。「冷えた身体」「ぐずぐずに濡れた登山靴」想像するだけでゾッとします。

さて、どうしよう。雲行きがわからない状況で濡れたものを脱いで寝袋に包まることが果たして正解なのか。そもそも、寝袋自体がへたって頼りなく、それだけでは過ごせそうにありません。ともかく、まだ濡れていない嫁にはシュラフに潜っていてもらいます。最悪、ひと組だけでも乾いたシュラフを切り札として残しておきたい。ただ、一旦体が冷え切ってしまうと、熱源もなく果たして回復できるのかどうか。

濡れた保温着(化繊の中綿が封入された、いわゆるインサレーション)を着た状態でも温く感じているのでその上からレインジャケット、そしてレインパンツを着ることにしました。そしてウールの厚手の靴下、さらにソックスカバー(薄手のフリース地に爪先から踵まで合成皮革で補強されたもの)を履いて、空にしたザックに腰まで突っ込みました。まず落ち着かないと。

足元は冷えるものの、上半身は当分なんとか行けそうです。雨は断続的に降り続いてはいるものの、嵐というほどではなく、側面から染み出てくる水滴については、時々スポンジ(佐官用の吸水スポンジを今回初めて試したところ、とても効果的)で吸い取ってなんとか越せそうです。しばらくしてウトウトして来ました。少し濡れていた靴下は若干乾いたようですが、下半身の冷えは取れません。嫁が「寝袋に入らないの?」と心配してくれます。20時ごろ、何か食べながら次どうするか改めて考えることにしました。胡桃パンとチーズが美味しい。火を使えないこういう時、パンのようにすぐ食べられるものがとても助かります。おにぎりは冷たくて一個食べればもう十分。雨は時折パラパラ降る程度。翌日は持ち直すはずなので、これ以上荒れるよりも回復する筈なのですが、、、。今後の予定としては、翌日、二ノ森方面に向かってもう一泊するのは諦め、下山することにしました。

それにしても、驚いたのは、びしょ濡れだったインサレーションがはっきり乾き始めていたことです。上に着込んでいたレインジャケットによる蓄熱効果もあったと思うのですが、体温によって乾いたということ。それは、例えば僅かな火で湿った木を焚く時、無闇に息を吹きかけて火力を消耗させるのではなく、まずは燻らせながらもエネルギーを温存し乾くのを待つ方が確実に熾せるということと同じかもしれません。これならば寝袋に入っても中を濡らすことはないだろうし、シュラフカバーに期待していいのでは。テント内の気温は10℃前後で思ったより温く、外気温はおそらく3℃前後、辺りが凍ることもなく助かりました。嫁が用意してくれたホッカイロのおかげもあって冷えも治り、温くして眠ることができました。

 そして、朝を迎えました。悪寒もなく元気です。靴下もインサレーションもすっかり乾いていました。改めてその性能に感動です。さて、コーヒーを淹れて無事を祝いましょう。毎度嫁お手製のパウンドケーキは今回イチジク入り。数年前に一本だけですが植えて昨年あたりから穫れはじめた和種です。収穫後セミドライにしてラム酒漬けにしておいたもの。しっとり香り高く贅沢な美味しさでした。

朝食はカップスープとパン。残り物のおにぎりは雑炊にしました。

下山はゆっくり景色を楽しみながら、また腰の具合が心配だったのでストレッチの時間も十分摂りました。午前の穏やかな光の中、紅葉が美しく気持ちも綻びます。 さて今後、テントの雨仕舞いをどうするか、フライシートを買い替えるべきなのか、修理に出せるのか、いずれにせよ加水分解するシーリングより自分でなんとかならないものか。

今回は雨で大変だったにもかかわらず、嫁曰く、

「これまでのテント泊で一番ぐっすり眠れた」

「こんなことがあっても次の山行が楽しみで仕方がない」とのこと。

よし、よし!少しずつ経験を積み更なる山へ想いを馳せる。良い趣味を得たものです。

秋の山行〜矢筈山’25〜

朝晩の気温が下がり、ストーブを焚く日もでてきました。金木犀の香りが山へと誘います。秋の作付けは残りあと少し。身体と相談しながら進めています。中年ともなれば常にどこか炎症しているものらしく、高負荷有酸素運動によって身体はその回復に努める際、その慢性的な炎症についても治そうと頑張るのだとか。本当かどうかはさておき、昨年の秋は山行後に頑張りすぎて失敗。ギックリ腰になったので、今回は自分が思っているよりも回復に時間がかかることを念頭に用心します。

さて、この秋は久しぶりに石鎚の裏参道を行きたいと考えており、そのハードな山行前の調整ということで矢筈山へ向かいました。日帰りですが、そういうこともあって、しっかりテント泊装備です。身体への負担や怪我のリスクを考えれば、荷物の軽量化は必須かもしれず、昨今の流行はまさにウルトラライト。ただ、ギミック(仕掛け)てんこ盛りの気軽でスマートなスタイルは、これまた矢鱈とコマーシャライズされているや登山アプリや捜索サービス、山岳保険ありきなのではと思うと、(確かにそれも備えの一つかもしれないけれど)結局はいつものスタイルに落ち着きます。

 植林で鬱蒼とした序盤の急登を過ぎれば巨大樹の森が広がります。

 尾根に出れば笹原が広がります。正面がこれから向かう矢筈山。左に遠く見える三角とそれに続くなだらかな笹原が天狗塚と牛の背。

秋晴れに心も晴れ渡ります。

 本日のお弁当は栗ご飯、牛すじの煮込み(紅生姜を添えて)、焼いた茄子とピーマン、そして定番、山登り仕様の卵焼き。(しっとり甘く、卵6つに対して煮切った味醂を90cc、薄口醤油と塩少々で味を整えます)

腰痛持ちはロールマット必携。友人がお土産にくれたコーヒーと嫁のパウンドケーキでひと心地。森の中で寝転ぶのは最高です。

暮れゆく中を下山します。一瞬一瞬変わってゆく光の色。高知の山はほとんどが植林なので、僅かに残る原生林を大切にしたいですね。

瓶ヶ森テン泊

去年の春、途中で断念した筒上山へ。今回はルートを変え、日帰りではなく、一泊二日のゆとりを持って臨みました。前泊は瓶ヶ森で。全く非日常的な景色が広がります。静かで贅沢な時間。正面には石鎚山。雪が山襞(やまひだ)に残っていました。寒かったので夕食を食べたらそこら辺を散策。陽が落ちてから辺りはより鮮やかに。

「氷見二千石原」

かつて、ご夫婦の営む山小屋がここにはあり、山スキーを楽しむ若者たちで賑わったそうです。

夜明け前に起きて山頂へ。テントは夜露が凍ってバリバリです。朝は決まって貧血の嫁にとり、起きがけ登山はたとえ30分そこそこで頂上とあってもかなりハード。何度も立ち止まり、それでもなんとか辿り着きました。美しい朝日を前にうずくまる嫁

林道が開通し誰もが気軽に訪れるようになる前のこと。バスに延々揺られ、麓から雪山を登ってようやく辿り着いた彼らは、ここで青春を謳歌したのでしょうね。

【青春】 〔夢・野心に満ち、疲れを知らぬ〕若い時代。(三省堂 国語辞典より)

さて、テントを撤収していざ筒上山へ向かったのですが、のんびり出発したのが仇になり、今回もタイムオーバーでした。手前の岩黒山でお午になり、丸滝小屋で引き返すことに。まあ、いいのです。休日まで頑張る必要はないのですから。それに、その丸滝小屋から土小屋までが苔むした穏やかな道で十分楽しめました。

秋の山行〜佐々連尾山〜

雨続きの秋。週末には気温が一気に下がる予報なので、冬支度を急ぎました。裏山で薪を補充し、草を刈り、来年の種にする生姜を囲ってとりあえず小休止。

11月3日(日)〜4日(月)の一泊二日、昼前に家を出て小一時間で登山口に着く気楽な山行です。日帰りだと、早朝出発で日暮前の下山を急がなければならないので、一泊の方がかえって楽な気がします。地域では運動会があり、花火が上がっていました。

 この山には水場がないこともあってか日帰の人がほとんどで、「いいですね〜、テン泊ですか」と、しばしば声を掛けられました。

私のテント泊はここ数年夫婦で山登りをするようになるまでは過去にも数えるほど。登山に精通する人の多くが経験を積んだであろう年頃は、連休を取れるのが盆か暮れぐらいだったこともあり、憧れはあったものの、意気揚々、テントを積んで旅に出る!ということにはなりませんでした。なので、今この歳になって山に行けるとなれば、数日前から夜も眠れぬほどです。

前回の山行で、いつか霧氷を見たい、雪山とまではいかなくとも、できることなら三嶺の雪景色を見たいという新たな夢を描いてしまったいく農園。防寒と食事の充実、そして新たな装備を考えれば、遅かれ早かれザックの容量は足りなくなるので、55リットルのザック(65リットルまで拡張可)を新調し、それまで私が使っていた47リットルのザック(ユニセックスのもの)を嫁が担ぐことにしました。したがって、これまで二人で80リットルに満たなかったものが100リットルオーバーに。何年かかるかわかりませんし、まだ想像もできませんが、山登りをこれからも続け更なる夢を持つことは自分たちの暮らしにとても良い影響を与えるだろうと思います。

麓で始まったばかりの紅葉が山頂付近ではほとんど終わりかけでした。それでも、僅かな中に鮮やかなものがあり、楽しませてもらいました。今回も暮れゆく中を歩きます。

 一番星。私において初めてそれと認めたのは小学生の頃、学校のグランドで一人壁当てをしている時でした。以来、一番星を見ればあの時を思い出します。10歳ともなれば自我は芽生え、将来のことを取り留めも無く考えていました。あの時の自分への問いかけ。思えば遠くへ来たものです。

予定地に着く前にだいぶん暗くなってしまったので、もう一箇所目星をつけていたところに張りました。風当たりが強そうですが、今日は穏やかかなと期待して。星空を楽しむにはこちらの方が良さそうです。

贅沢なことですが、今この山域には多分私たちしかいません。遠くに豊浜や観音寺の灯りが見えます。

無事に張り終えたならまず横になりたい。(次回からはもう少し早く予定地に着くようにしないと)煮炊するなら一眠りしてからでもいいだろうということで、晩酌タイムにしました。前回の三嶺ではワインがとても美味しかったので、今回もワインです。嫁がインゲンを茹でたものと味噌を用意してくれました。それにチーズとポテチで乾杯です。山で淹れるコーヒーも格別ですが、お酒も格別ですね。野菜を食べられることがありがたい。味噌も美味しい。嫁が上機嫌で何よりです。

気がつけば風が強くなってきました。何度か外に出て状態を見ましたが、しっかりペグが効いており、テントはしなやかに風をいなしているようで安心感がありました。夜どうし吹き荒れましたがそれなりに眠れました。

朝日に染まるこの時間が好きです。風が強い中ではありましたが、コーヒーを淹れ、もみじ饅頭でひと心地。テントの撤収は風に飛ばされないことを第一に、ざっとまとめてパッキング。とにかく出発して風を避けられるところで朝ごはんにします。道々パンを齧りつつ歩みを進めればもうお昼近く。大森山を過ぎたところで腰を下ろし、ペンネを茹でてミートソースのパスタを食べました。

陽が傾き美しく映える木々の中、ゆっくり下山。この時間も穏やかで好きです。途中、コーヒーを淹れ、16時ごろに下山。沢で顔を洗い、帰路につきました。

秋の山行〜三嶺へ〜

10月10日〜12日、この秋初めての山行を楽しんで来ました。高知側の光石登山口は手前の林道が通行止めになっているらしく、徳島の名頃登山口から三嶺へ。山頂から西熊山への稜線歩きを楽しみ、初日はお亀岩付近にテント泊。二日目、余裕があれば天狗塚へ登り日暮までに三嶺へ戻ってヒュッテ付近でテント泊。三日目はのんびり名頃へ下山という予定です。

三嶺は徳島側から登る方がメジャーなようで、より気軽なハイキングや軽装なトレランを楽しむ人も多いようです。登山口へ向かうルートは主に2つ。国道32号線から大歩危で祖谷の郷へ入り国道439号で向かうルートと、美馬ICで高速を降り、貞光川に沿って国道438号で向かうルートです。

我が家からは祖谷を通る方が近く、2時間と少しで着きました。道も整っており、3時間かかった光石登山口よりもはるかに楽でした。ただ、主要街道から更に厳しい峠を越えた先の深い渓谷。祖谷トンネルが開通していなかったら果たしてこのルートを選んだかどうか。かつてはまさに秘境だったろうと思いました。一度自転車でちゃんと峠を越えてみたいものです。

先日まで続いた雨でキノコが沢山。

山に持っていく食料をどうするか。当初はカロリーメイトやソイジョイのような補給食を色々揃えもしましたが、今では嫁がパウンドケーキを焼き、私は弁当を作るスタイルが定着。日帰りでもテント泊でもそれをベースにして、あとは米を炊くかパスタを茹でるか。今回は新たに餅とフリーズドライのアルファ米を持って行きました。

餅は昔から携行する食料として重宝されてきたそうで、思ったより早く火が通り食べ応えもあって満足でした。(インスタント味噌汁で雑煮に)一方、多くの登山者が利用するフリーズドライは、お湯を注いで15分、水でも1時間で食べられるようになるということで、確かに手軽で非常時には助かりますが、何食もそれだと私は無理だなと思いました。市販の調味料を多用した食品はやはり味覚が疲れます。カロリーの補給としてだけではなく、食事をいかに充実させるか。野菜不足も気になります。準備や下拵えがあまり大変になるといけませんが、連泊となれば尚のこと大事です。やはり、自家製肉味噌を持っていくべきでした。

そして、少なくとも一日一食は米を炊いて食べたい。時と場所を選び、ハードルは高いですが、今回はクリーン精米にしたことで、洗わなくても(米とぎをしなくても)糠臭さは気にならず、特殊な焼き網を使って火のあたりを和らげることで焦げつきはマシになりました。

頂上に近づくにつれ、その急峻な山容が明らかに。下を覗けば肝が冷えます。ハンググライダーで飛べたならさぞ気持ち良いことでしょう。

お馴染みの三嶺ヒュッテ

 二泊三日の山行となれば嫁のザック(30リットル)はパンク状態。雨が降ったらどうする?私のザックが50リットル弱で二人合わせて80リットル弱。充分な防寒着をとなればいよいよ容量が足りない感じになってきました。

笹が照葉樹の葉のように輝きます。陽が傾くに従いその輝きを増し、黄金色に辺りを染める。一昨年の三嶺山行は大変でしたが、またいつかあのアーベントロートに巡り合いたいものです。

刻一刻と変化する山。風が強くなり雲が峰々を越えてゆきます。

あっという間に雲の中。(この場合霧というのかガスというのかわかりませんが)そしてまた太陽が顔を出しました。

日が暮れる前にテントを張らないと。指定のテント場はあまり利用者がいないのか看板も取れてしまってわかりにくかったのですが、風が防げて水もたまらない場所はここぐらいかなということで設営。大分もたつかずに張れるようになってきました。

そして二日目の朝。あたりは霧に包まれておりました。日の出の頃にはきっと晴れるはず。

 お亀岩に登って時を待ちます。

ブロッケン現象を初体験。振り返れば人の影がすぐそこに浮かび上がっていました。

一杯のコーヒーが身体に染み渡ります。

 今回は天狗塚へは向かわず、辺りの散策を楽しみテントを充分乾かして出発。あれこれ予定を詰め込まず山での時間をゆっくり楽しむのが私たちには合っているようです。

 三嶺ヒュッテ付近から三日目の朝

山に来れるのは春と秋の数回に限られていますが、少しずつでも親しんでいけたらと思います。今シーズンは特に暑く厳しかったこともあり、季節が巡るありがたさを感じます。

はじめての筒上山

春の作付けはまだ続きますが、ここで一息、山へ行ってきました。吉野川の上流、旧本川村名野川へ。我が家から登山口まで車で2時間弱、山の奥へ奥へ分け入って行きます。

連日の草刈りで体が固まっているので今回は無理をしないことに。川がとても綺麗。沢も水が豊富です。渡渉が二箇所。濡れ石に滑らないよう気をつけます。飛び移るしかないところもあってヒヤヒヤしましたが無事渡り終えました。そして急な登りに入ります。

 

登りはじめたのは9時半過ぎ。2時間歩いてもまだまだ急登が続きそうなので、正午前に早めのお弁当タイムにしました。穫れはじめの絹さやと今が美味しい蕗。さっと出汁で炊きました。今回の卵焼きは基本のだし巻きに砂糖を少しプラス。

14時近くなってもまだ森を抜けません。藪漕ぎとまではいかないまでも、笹に覆われた中をピンクテープを頼りに進みます。本来はつづら折れに続く道。方角見当で直登したであろう踏み跡がササを薙ぎ倒し道に被さっている箇所が結構あって、こうなると滑りやすくなるし本来の道も余計に判りにくくなるしで困りました。

さて、手箱山と筒上山はまだはるか先。今回は途中で引き返すしかなさそうです。土小屋ルートと合流するあたりまで来てタイムアップ。とにかく疲れました。このところ自転車をサボっていたので足が弱っています。嫁は尚更でしょう。コーヒーを淹れて帰りに備えます。山々を見渡すことは叶いませんでしたが、新緑を十分楽しめました。15時下山開始

  パウンドケーキはクランベリーとレーズン、チョコチップ、胡桃とひまわりの種。嫁のパウンドケーキはハイカロリーで美味しい。木漏れ日の中贅沢なカフェ。 休みながらごとごと下りました。

緊張と弛緩。心地よい疲れに浸っています。

初雪の工石山

昨日、麓はみぞれ混じりの雨。山の上は雪でした。雨が止んで晴れ間が見えても風が冷たく、外での作業はかなり冷えました。雪化粧をした峰々を見るとそこへ行きたくなります。

翌日の天気は晴れ。気温もあがる登山日和ということで、近所の工石山へ。朝起きると、家はすっかり冷え切っています。薪ストーブに火を入れ、湯を沸かします。路面凍結が恐いのでお昼頃に向かいました。駐車場にはかつてないほどの車。山は老若男女で賑わっておりました。おばちゃん達はおしゃべりを楽しみ、小さい子がビッグサイズのカップヌードルを美味しそうにすすっています。休日は山で憩う。そんな趣味を持っている人たちが結構いるんですね。

木漏れ日の中、溶けた雪がキラキラ降ってきます。

 雪に縁取られた木々

山が好きだと連呼する嫁

静かな時間

ブナの森でテント泊

紅葉シーズン深まるにつれ、どっぷり山に浸かりたい欲求が高まってきました。昨年登った三嶺を含む剣山系は熊出没情報が目立つので、地元の山へ。汗見川沿いを登っていきます。(11月3日)  眼下の深い谷を流れるのが汗見川。伊予三島へ通じる峠の、その過酷さからついた名前と聞いたことがあります。

12時過ぎに登り始めたので、すぐ陽が傾いてきました。普通ならば下山する時間。すれ違うベテランさんにすれば今から?という感じ。テン泊であることを告げると得心の笑みが返ってきました。早く目的地に着かねばなりませんが、暮れゆく中を歩くのは好きです。遠くで鹿が鳴いてます。 今回は佐々連尾山(さざれおやま)の先にあるブナの森に泊まる予定。張れるところがあるのかどうか、行ったことがないので不安は残ります。水場はないので二人で4ℓ用意しました。(結果、一泊二日で残ったのは0.5ℓ)

 とてもいい場所が見つかりました。無事に張り終え、さて、これからが楽しみの時間。下山を急ぐ必要はないのです。

夕食は弁当。予定では昼が弁当で夜は米を炊いてカレーだったのですが、仕事の疲れが残っていたため朝は無理をせず、登りはじめが12時近くになったので昼は行動食とパンで済ますことに。ロープ場が所々あるアップダウンを4時間ほど歩いた後、煮炊きせず食にありつけるのはかえって助かりました。ご飯を食べながら、最近ニュースになっている遭難について何気なく話していると、気づけば嫁から笑顔が消えています。しまった、またやってしまった。とにかく、すまん。根が健やかな嫁はすぐに気持ちを切り替えてくれるので助かります。やれやれ。

張る際にあたりを調べても鹿の糞は見当たらないし、気になる気配もなかったと思います。逆に、静かすぎるほどで、風も、上では強く吹いているのに此処はそよぐ程度。気温も過ごしやすい。もちろん、私たちの他に誰もいません。何も不安になる必要はない筈です。とはいえ、私だってそれなりに緊張はします。テント泊はどうしたってワクワクドキドキ。

どこでも眠れる人はいいのですが、私も嫁も苦手。下山後に我が家の布団に入った時が極楽と思う方です。毎度長い夜を過ごすことになるのですが、今回は何も考えず只うとうとする時間を楽しもうと思いました。夕食後はまず横になることに。やはり眠れません。

テント内に敷く銀マット、今回は銀の方を表にしてみたのですが、それがいけなかったようで、わずかな傾斜なのに、その上のエアーマットが滑ってすぐズレ落ちてしまいます。直してはズレるの繰り返し。一方の嫁は何の問題もなく安定している様子。さぞ、横で鬱陶しかったことでしょう。輻射熱があるから銀を表にするという話ですが、暖かさはあまりかわらない感じです。そもそも熱源の無いところでは?ですし、下から上がってくる湿気や冷気をまず防ぐという目的では、やはり銀のフィルムが下の方が理にかなっていると思うのですが、、、。結局敷き直すことにしました。

狭い中、荷物をどこに置くかも重要です。私の場合は毎度ザックを空にして足を突っ込むのですが、今回は腰痛が気になってしっくりきません。足元に寄せたところ、それも具合が悪い。整体で膝下にクッションを入れてもらうことを思い出して、そのようにするとようやく落ち着いて眠れるようになりました。枕は取り外しのできる雨蓋に衣類を詰めて。そうこうしているうちに、いよいよ夜の帳が下りたようです。

外に出れば、月明かりに照らされた静かな森が佇んでいます。紅茶でも淹れようか。アルコールストーブで湯を沸かします。もみじ饅頭が美味しい。カサカサ葉の落ちる音がします。

さて、冷えないうちにテントに戻りましょう。寝袋に包まりながら星空が見れたらいいのに。また鹿の鳴き声がしましたが、ビバークの時と違い、蹴られてテントが谷に落ちる心配もないので、まあ落ち着いて寝られそうです。

夜明け。外気温は5℃  POUSSERさんのパンとコーヒーの朝ごはん

 嫁、歓喜の図。

嫁が、ブナ爺にまた会いにきますと言ってます。

腰痛明けの山行

初めてビバークした山へまた来ました。

四十にして惑わず、という言葉を改めて紐解けば、「惑う」は、ただ、おろおろするという意味だけでなく、

「平常心・(初志)をかき乱すような事に心を奪われる」

とあります。倫理(行動の規範としての道徳観や善悪の基準)や良識(健全な判断力)では動かない世間において、平常心はいかに揺らぎやすいことか。

先日友人からあるショックな出来事を聞かされたのですが、歳を重ねるごと色濃くなっていく個々の人生、仕方がないと思いつつも、つい考え込んでしまいます。それぞれに異なる根っこ。それぞれの生き方。山仕事で身体を疲れさせても夜中に目が覚めてしまい、いよいよリズムを取り戻さないと身が持ちません。山登りをして一度リセットしたいと思いました。思考を健全に保つには花鳥風月が必要です。

山行前夜、21時前に就寝で目が覚めたのは0時半。弁当を作り、2時に再度布団に入って6時起床。結局登山口に着いたのは10時過ぎ。無理をせず途中で引き返す前提で登り始めました。

ゴーヤと生姜は塩揉みして搾ってから少量の梅酢と醤油で風味付け。インゲンはソーセージと一緒に茹でて粒マスタードで和えておけば即席のピクルスに。定番の卵焼きは今回砂糖を使わず、卵6個に対して味醂と醤油を合わせたものを100cc。しっとり甘くて山弁当に最高に合いました。

山の静寂には毎度、新鮮な感動を覚えます。ここに来なければ得られなかった静寂。遠くに三嶺が天狗塚が見えます。

刻一刻と変化してゆく陽光。辺りにキツツキの音が響きます。遠くで鹿の鳴き声がします。暮れ行く緊張感が嫌いではない私。長居したいのを堪えて4時に下山。

瓶ヶ森へ

集落では田植えの一区切りがつく6月中旬、道作り(草刈り、側溝や谷に溜まった土砂・芥とりなど)が先日終わり、畑仕事もあと少しでひと段落つきそうです。山行は秋の三嶺以来。

吉野川の源流と言われている瓶ヶ森は、我が家から80キロ少し、車で2時間ほどひたすら高度を上げていきます。林道に入ると、落石や路肩が落ちかけている箇所が至る所にあり、気軽なドライブとはいきませんが、景色は此処ならでは、毎度来て良かったと思えるところです。