親友の酒

学生時代の親友が日本酒造りに携わっていて、折に触れ酒を送ってきてくれます。これまでその美味しさに幾度となく励まされてきました。米という一農作物が醸成されることによってこれほどまで濃厚に香り高く味わい深いものになるという圧倒的事実。それは揺るがざるべき指針として 、美味しさという品質、豊かさという品質は、あれこれ手を加え合成して作るものではなく、余計を削ぎ落とし地道に時間をかけ醸し出されるものであることを思い出させてくれます。

農家で修行していた頃、彼もまた蔵に入り修行をしていると聞いて嬉しく思ったものです。大学に入って知りたかったことはとどのつまり、学問を研究して得られるものではなく、これと定めた実生活の中にしかない。紆余曲折を経て見切りをつけた私は、なんとなく彼においてもそうなのではと思っていたからです。20年以上が経ち、彼の人生にもいろんなことがあった思います。学生時代もそれぞれに模索していました。「最近どう?」と酒を酌み交わすも、言葉にならないこと、できないことの方が多かったと思います。それでも、その存在をありがたいと思っていました。とかく流行りでものを言う人が多い中、そうじゃないだろうと共感し合える友人がいるのは心強いものです。

彼の杜氏になるべく第一歩として送ってきてくれた今回のお酒は、その気概を感じさせてくれるものでした。現場の技術が数値化されシステム化される流れにあって杜氏としてのやりがいを見出せない現場もある一方、斜陽にある現状を何とかするには作り手としてだけでなく蔵の方向性を示す重責をかつてないほど担わなければならない現場もあるということでしょうか。ぜひ頑張って自分の道を伐り拓いてもらいたいです。

 

【気概】困難を積極的に乗り越えて行こうとする、強い気持ち。 (三省堂国語辞典より)