この2年続けて道上の手入れをしてきた春の道作り。今年は依頼を受けて、空き家に付随する支障木を伐ることになった。すでに石垣は崩れ始めており、隣接する家の人たちは台風のたびに怖い思いをしてきたそうだ。根返りして倒れてくることが傍目にも充分想像できる。大径木というほどではないが直径40センチ以上はあって、太い枝が乱れ途中から二股に分かれている。そして、重心が寄った谷側に足場はない。樹高20メートルはないにしても、間違えば電線を巻き込んで家に激突させてしまうことになる。予感はしていたものの、当日、俄かに決まったので、どう倒すか、段取りも何も勝手がちがう。
こういう時こそ事故を起こしてしまうのではないか。不安を覚えたが、自分が進めている山仕事を今後も地域に納得してもらい、時に協力をお願いするには、ここは受けるしかないと腹を括った。それに、人の役に立てるのは素直に嬉しい。
時間はかかっても、枝を打って樹形をはっきりさせる。ロープに至るまで自前の道具に改め、チルホールで牽引する。受け口側に立って追い口を入れるのは難しいが、これまでの経験が役にたった。楔を打ちこんでは引っ張るを繰り返し、反応を確かめつつ確実に傾けてゆく。つるの残し具合を心配する声が上がる。段階を踏む作業を手間取っていると勘違いする人もいる。やりづらいものだが、こういう時こそマイペースな性格が味方をしてくれる。集中を切らさず終えることができた。
さて、ここ数年伐り進めてきた暗くカーブする丁字路周辺の手入れもいよいよ大詰め。カーブミラー脇とその奥に大径木が二本、そして道上から被さる桑の木が二本残っている。
カーブミラー脇の一本は、この藪の手入れをしなければと思ったきっかけの木でもある。樹皮が黒ずみ樹脂が滲み出ていることから傷んでいるのは明らかで、中が腐っているとなればできるだけ早く片付けなければならない。当時は竹が浸食した藪だったわけで、この木さえ倒せばいいものではなかったし、実際に倒す余地もないほど乱れていた。
腐れがどういう具合に入っているかによるが、つるの強度、楔の効きに問題が生じるかもしれず、牽引できるよう、アンカーにする株を残しておかなかったのは反省すべきところだ。が、ここへ至るまで念頭にあった伐倒ラインは、手前へ道に沿わせるのではなく奥に向けていた。その読みもまだまだ甘かったということだが、ラインというのはそれまでに積み上げたそこ此処のラインや搬出の段取りとの兼ね合いもあって最後まで決まるものではないとも言える。
昨シーズン、畑仕事をしていて視線を移した時、たまたま、手前へ向けて倒すライン正面から枝ぶりや幹の曲がり、そしてカーブミラーとガードレールの位置関係が俯瞰して見えた。倒した際、梢がどこまで達するか、おおよそを測れば、残したい楓にギリギリ触れるかどうかということもわかった。そうしてラインが決まり、ガードレールに当たりそうな枝を落としておいた。その夏は台風が激しく、手前の徒長木も大きく揺れた。後日見るとそれもまた至るところから樹液を垂らしていた。出来るだけ早く伐らなければならない。
そして、今シーズン、具体的にどう寝かせるか。伐倒ラインそのままに落ち着くよう手前の株を高めに残し、杭にすることが肝となる。困ったことに、その株が若干ラインにかぶっている。なので、倒す際は伐り株の肩に樹幹を当てて斜面上側へ転かす形になる。誤って下へ転かしてしまうと不安定になり新たな危険を生む。残す高さが難しい。高過ぎると激突させて元が跳ね上がることになるし、低過ぎると杭にならず下へ転けてしまうかもしれない。
手前を伐り、受け口を作る。牽引できないので、いかに楔を効かせ、いかにつるを最後まで残すかという、より精度が求められる仕事になる。手持ちのチェーンソーは刃渡り40センチしかないので谷側まで届かない。手鋸と斧で最終調整する。芯切りを始めると、10センチも切り込まないうち腐れに行き当たり刃が一気に奥の方へ抜けた。予想はしていたものの冷や汗が出る。気休めかもしれないが、手鋸でその程度を探る。幸いなことに、山側と谷側のつるは通常芯切りする程度に残っているようだ。問題は追い口。
谷側は残しておいた竹の伐り株に乗って作業する。材として伐るわけではないので、根張りや腐れによる不確定要素が増える地際ギリギリよりも作業性と確実性を優先させる。足場の強度を考えれば、来年、再来年と、ぐずぐず先延ばしにはできない。プロは番線と丸太でしっかり足場を組むようだが、素人覚えではかえって危ないだろう。
追い口を入れ、楔を打ち込んでゆく。半分以上打ち込んではじめて傾きが出てくる。後ろ正面へ立ち、カーブミラーに当たらないか段階的に何度も確認する。向きが悪いようなら受け口を直す必要がある。そのためにも、追い口を額面通りつる幅が直径の10分の1になるよう、はじめに切ってしまうのではなく再調整できる余裕をとっておき、反応を見ながら詰めていく。
受け口を若干谷側へ調整する。それに応じて木の傾く向きが目に見えて変わる。追い口の入れ方と楔を打つ強さを慎重にする。心情としては、つい、山側の楔を強く打って谷側へ避けたいところだが、それが過ぎると下へ転かすことになる。三つの楔を均等に打ち込んでゆく。特に谷側が重い山側が重いということはなかった。だから、追い口も均等に切り進めて行く。山側と谷側のつるが同じ具合に裂けはじめ、傾きがより強くなっていく。株元から梢まで全容を見て、思う方向に倒れることを確認できるまで、ひとりでに倒れ出さないことが重要だ。時間がかかっても手順を踏む。
ゆっくり動きはじめた。間違いなくカーブミラーを避けることを見届けた。が、着地してから暴れた。
思っていた以上に元口が横方向、山側へ大きく振れてカーブミラーの根元に当たってしまった。少しであっても大径木の圧倒的な重量によってパイプは呆気なく折れて倒れてしまった。折れたというより、千切れてしまった。手前に残した株が高すぎたのか、やはり受け口の角を欠いておくべきであったか。受け口から着地点までの直線をしっかり見極めておくべきであった。
一体どれほどの出費になるだろう。暗澹たる思いで役場に連絡したところ、ちょうど当該箇所においてガードレールを新設予定なのでカーブミラーについても町の方でみてくれるとのこと。ありがたい。肩の荷が降りた。であるならば、実はということで、道上面から傾いている桑の木がまさにそのカーブミラーの真上に被さり、どう始末をつけるか、ツリークライミングやリギングの技術を身につけてとなれば何年先になるだろうと考えていたところ、この際ならば、そのまま下へ倒すことができる。工事の前にその仕事を済ましてしまいたい。区長に報告し、小部落に相談し近日中に取り掛かることにした。
なお、後日分かったことであるが、ガードレールを設置する際にはカーブミラーの位置を変えねばならず、いずれにせよ新しいものに挿げ替える必要があったようだ。山の問題は複雑だ。通るのに怖いからとつけられたガードレールやカーブミラーが山の手入れを難しくし、時には作業者の身を危険にさらす。まれに、ガードレールの上だろうがお構いなしに伐り倒す人もいるが、手付かずになるのがほとんどだ。
藪の状態が長く続くと考えられないほどの巨木が大きく傾いて生えている。通行人は存外頭上の安全には目を向けないものだ。杉や竹で覆われていたとはいえ、私も人に言われてはじめてこの存在の怖さに気づいた。地域の中からなんとかして欲しいという声が上がったものの、具体的にどうするか、実際に処理するには事前に周りを片付ける必要があり一筋縄ではいかない。私が責任を負うところではなかったが、我がことでもあったので地権者に掛け合い主体的に進めてきた。
奥にあるもう一方の桑の木は、昨年の台風で枝が折れて垂れ下がり道を塞いだ。高枝用の鋸を手を伸ばし片手で動かさなければならない上、捩れる枝が刃を噛み込むのでなかなか切り落とすことができず、一人で処理するのに半日以上かかった。
改めて今回の木を検証する。直径は70センチ前後。受け口を浅めに設定。谷側のつる部分の腐れが広がっていたのがわかる。市販の楔では役不足になることも考えられたため、より太いものを樫で2つ作っておいたのが良かった。
さて、後始末であるが、今後の段取りなどを考えると、その日のうちにある程度まで片付けておかなければならない。
4メートルほどに切り離した元側も切り株で安定していたが、なお、安心できるように処理。チェーンソーで切り込みを入れ、ハンマーと矢で少しずつ割る。大変だが、これならば途中誤って転げ落とす心配はない。
割ったものが思いのほか軽く乾いていた。春になった今時期なのにあまり水を吸い上げていないようだ。いよいよ枯れる手前であったのだろうか。腐れはやはり株元から上にかけて収束している。受け口と追い口を高めに設定して正解だった。