持続可能な農業を模索する中、「作物は何をもって育つのか」その本質に改めて向き合うことでこそ、開ける展望があるのではないかと考えるようになりました。慣例を見直し、農薬や化学肥料を使わないのはもちろんのこと、不耕起・無肥料栽培で野菜を育てています。畑仕事の源泉を辿り、 刈り草や落ち葉など、自給できる有機物をもとに土を作る、その限りある資源を最大限に生かす方法としても、不耕起であることは理にかなっています。 畑はすべて露地。育苗には、有機JAS認証の苗土を使っています。
「不耕起・無肥料栽培について」
「不耕起(ふこうき)」は全く耕さないというように誤解されやすいのですが、それほど大それたものではありません。 畑仕事には播き床を整えたり、収穫で掘り起こしたり、耕していることになるのでは?という仕事は往々にしてあります。ただ、耕すにも勘所があり、耕さないでおくことによる好ましい状態を考え合わせれば、やり様によっては、もしくは、場合によっては、むしろ耕さない方が理に適っているのではないか、つまり、耕してはいけないというような窮屈なものではありません。
多様な植生は豊かな生態系を育みます。畑においても同様、いろんな草が生えていることは土壌の物理性、生物性、化学性を整える上で重要であり、根にしっかり支えられた畝は通気性、排水性に富み、土壌の流亡を防ぎます。耕さないのはその優れた機能を壊さないため、そして、限られた有機物を消耗させないためです。
無肥料なら、トラクターで深く鋤き込む必要も畑全面を耕す必要もありません。はじめに立てた畝を継続して使います。より細やかな作業になるため生産性は落ちますが、畑の様子は全く違うものとなります。
「無肥料」とは肥料分が無いという意味ではありません。肥料を使わないという意味です。
第一次産業であるはずの農業は今、製造業と同じように、肥料や飼料、種、各種資材についても自給率は低く、輸入に頼っています。その結果、2009年には国際的な化学肥料の価格高騰から有機肥料の需要が増え、いく農園では当時使っていた肥料も米ぬかも手に入れることが出来ませんでした。
慣行農法に限らず一般的な有機農法においても栽培技術の基本は、生育に必要な要素を数値化し、土壌分析の結果をもとに肥料やミネラル資材を用いて不足を補う、あるいはバランスを調整するとしています。理論上、刈草等の自給できる有機物で数値を満たすことは現実的でないため、肥料がなければ技術体系そのものが成り立たないことになり、つまるところ、肥料がなければ作物は育たないということになってしまうのです。本当に必要なのか分からないままに肥料を買い、高価でもミネラル資材がなければと不安を抱え、依存していた事に改めて気づかされました。これが転機となり、作物は何をもって育つのか、その本質に改めて向き合うことにしたのです。
「農学栄えて農業滅ぶ」ということにならないよう、複雑な産業構造から一歩引いて農家の独立性を確保するには、まず技術的に自立すること。通例を鵜呑みにしなければ、小規模であることは弱みではなくなり、変動する経済事情の影響を極力受けずに済むのではないか。肥料が買えなくても大丈夫と思えることこそ、農業を続ける上で大事になると改めて考えるようになり、2009年より全て無肥料栽培に切り替えました。
「作物は何をもって育つのか」
畑仕事に於いて気をつけるべき要素は大きく分けて3つあるとされています。「物理性」「生物性」そして「化学性」です。陽当たりや風通し、水はけを整え、昔からされて来たように刈草を基に土作りをする。土が肥えれば結果として作物は元気に育ちます。根も呼吸するので、畝はふっくら空気を抱いて通気性のいい状態を保つように、また、特定の虫が異常発生することの無いよう、バランスのとれた多様な生態系が育まれるように心がける。「生物性」と「物理性」については五感で感じられるので、畑で何をすべきかは経験的に判断できるようになる。そう思えます。
しかし、土壌の「化学性」は、感覚的に理解することが難しいにもかかわらず、今後も収穫できるかという持続性に深く関わるため、無視できない要素です。では、そもそも、なぜ作物が健全に育たない状態になるのか。それは、毎年同じ作物ばかりを育てる連作や、畑一面それだけが生えている単一栽培、そして、土作りを怠り、土壌の生物性、化学性に極端な影響を与えるほどの資材や薬剤を入れ続けてきたからで、それは農家の誰もが知っています。
植物の根圏に集まる微生物(生物性)は土壌の化学性に大きな影響を与えると言われています。行き過ぎた除草と連作や単一栽培は生物相を単調にし、土壌の化学性を偏らせてしまいますが、その偏りを資材でもって調整する技術は完全ではありません。なので、自分の中で仮説を立てました。「化学性については、植生が多様で、生物性、物理性が豊かになれば自ずと結果は出るもので、作物にとって重要なのはその量ではなくバランスである」と。たとえ、その仮説が間違っていたとしても、土壌に対して取り返しのつかない事にはなりません。むしろ、適地適作の基本に戻り、それを見極めることができるのではないかと考えるに至りました。
「草を基にした土作り」
一言に「土作り」といってもとらえ方は人それぞれであり、私自身においても当初から変化してきました。土を肥やすとはどういうことか。肥えた土のイメージ、そして理想とする畑のイメージ、、、肥料は言わば作物を肥えさせるためものであって、土を作り肥やすためのものではないと言っても差し支えないと思います。肥えた土はそこに生物が活動している土であって常に作物にとっての栄養が生産されている土です。そのサイクルを作るはじまりが餌としての有機物です。なのでその基質が枯渇しないよう補給し続ける必要があります。私の中でそれは酪農家が毎日牛に牧草をやることと同じように、畑に住む生き物に草という餌をやっているイメージです。作物を育てるのはその生きている土だからです。
草を肥料とするのかそうではないのか、些細なこだわりのように映るかもしれませんが、無肥料栽培という考えのもと作物を育てる上では、結果に大きな違いを生みます。草に含まれる肥料分の数値は低いため、作物が思うように育たない理由を、「肥料が足りないから」と考えていては上手くいきません。目を向けるべき要素は他にもあります。その草を餌として増殖する微生物をはじめとする生き物が土に還ったとき、総じた肥料分は当然、草に含まれていたもの以上になります。では、どのタイミングで肥料分が増大し作物に還元されるのか、その山場をうまく畑で再現すること。水遣り一つとってもただ作物への水分補給ではないということになります。
温暖湿潤な土地では土作りの基本となる草が豊富に穫れます。それは貴重な資源であり、どの土地においても当たり前なことではありません。肥料がなくても豊富な草があり肥えた土を作れば、作物は健全に育ちます。
山間部にあって森林褐色土に分類されるここの農地は、そもそも土は少なく、河川流域に堆積した肥沃な土地とは異なります。実際に作物が元気に育つよう畑の手入れをし、肥えた土を作るには年間10aあたり軽トラ20車分以上の刈草が必要となります。したがって、夫婦二人のいく農園では年間の作付け面積15aが限界です。
そして、畑に「草が生えていること」は多様な生態系を育むベースであり、土壌のバランスを整えるうえでとても重要になります。根によって土中に供給される有機物もまた少なからぬ働きを持っています。
「無肥料栽培で土づくりは草だけです」というと、とてもベジタリアンな畑をイメージされるかもしれませんが、ひとりでに集まったたくさんの生き物もまたその土に還えるので、動物性タンパク質もたっぷり含まれることになります。作物を育てる土、それに含まれる養分、ミネラルの多様性とバランスを担保するのは多様な植生です。
「刈草を入れること」「草を生やすこと」、ともに土作り、畑作りにおいて注目すべきは、草そのものの成分にとどまらず、それを基に増殖する生き物の成分であり生態による物理的化学的作用です。
「作物はあくまで育てるもの」
作物は何をもって育つのか、土壌分析に基づく肥培管理をしなかった頃の農家が無知だったのかというとそうではないはずです。
畑は有機物が分解される時に結果として耕されること、刈草にもいろいろで、刈る時期によっても種類によっても含まれる成分も働きも様々であろうこと、自らの経験をもとに想像力を働かせることで、より多くの事を知り得たと思います。作物の様子を見るということは、昨日大丈夫だったから問題ないだろうではなく今日も見て確認すること。仕事の一つひとつが安易な受け売りではなく、各自の信念と日々の積み重ねから培うものだったと思います。
既存の農法に答えを求め、自然という観念にとらわれるとかえって見えなくるのではないでしょうか。私自身、わからないことの答えを誰かに訊くのではなく、畑の中で見つけるようになった頃から、少しずつ展望が開けてました。作物の生育をコントロールし量産しようとすれば、技術は複雑難解になりますが、その発想を捨てれば、やるべきことは当たり前の積み重ねしかありません。農業は人それぞれ。小規模だからこそのやり様もまたあると思います。
「畑作りについて」
いく農園は棚田を畑にしています。耕土は浅く5cmほど、その下は地盤となります。普通に畝立てをしても、畝高は10cmくらいにしかなりません。トラクターを使って撹拌すれば多少のボリュームは出ますがそれは一時のスポンジ生地のようなもので、時が経てば当然萎みます。なので、畑の隅から掻き集めたり端の畝を無くして他の畝に配分したりして、畝を作ります。そして、水が染み出す所が殆どなので、排水の溝を切り枕畝を立てます。
耕作放棄地の場合が殆どなので灌木の伐採や、その畑周りの薮や植林を伐採し陽当たりと通気性を確保することも畑作りには欠かせない仕事です。基盤を整備してからは、多様な植生の管理、刈草をたっぷり入れ、草を生やし、通気性のいい、浸水や干ばつに強い畑を作ることそれは年月をかけての仕事になります。