火事にあって思うこと

10月10日未明、隣の家が火事になった。

何時かは覚えていない。二人とも寝ていて夢うつつ、大雨がトタン屋根を打つような激しい音に目を覚ました。何かの粒が当たる音もする。雹が降る季節でもないだろうに、、、まだ寝ぼけていた。次の瞬間、けたたましい足音とともに嫁が火事だと叫んだ。悲痛な声とはこのことだ。胸にビリビリ裂けるような痛みが走る。障子越しからでも異変がわかった。あたりは真っ赤になっていた。激しい音を立てて炎が上がっていたのだ。火の中に建物の骨組みだけが見えた。もはや自分でどうこうできるものではない。消防の番号を押そうにも緊張で目が霞む。ワンコールで繋がった。家々へ知らせに回った。皆寝静まっていた。喉が枯れて声が思うように出ない。指笛を使った。戻ると庭に火の粉が降っていた。粉ではない。熾の塊だ。芝生の方々で火が上がる。足で踏んで消して回った。とにかく少しでも火の勢いを弱めないと。火元へバケツで消しに行った。我が家とはほんの小道を挟んだ隣の納屋だ。水場とを2、3回行ったり来たりしただけで、息が切れて喉がカラカラになった。腰が抜けそうだ。隣接する工房のプロパンガスのことを思い出してコックを閉めに行った。爆発したらうちはおしまいだ。タンクが驚くほど熱くなっている。壁板も熱い。もう近づいたらいかんと声がした。

消防が来た。あと少し遅かったら工房も我が家も全て燃えていた。壁が燃え始めていること気づいた地元消防団の知人がこちら側に放水するよう指示してくれたのだ。じわじわ煙が上がっている板壁の一部からその時ポッと一瞬火が吹いたそうだ。それは、全面が燃え上がる前兆だった。

まめに草を刈っていてよかった。裏山の植林を伐っておかなければ山火事になっていただろう。隣家は納屋も母屋も全焼した。

数日経って、疲れがどっと出てきた。寝れないのだ。

新聞の報道に呆れた。火事の原因と考えられる籾殻燻炭の不始末。隣家は空き家だった、燻炭を作りその納屋においた当人は家の人に無断でそこを使っていた。事情聴取を受け、現場検証にも立ち合っていた。警察にも消防にも、そして周りにも誰かは伝わっていることなのに、新聞は何を勘違いしたのか、家の人が燻炭作りをしていたと書いたのだ。しかし、翌日の朝刊に詫びも訂正という形も取られてはいなかった。誤解を解く内容ではあったが、前日の報道を詳しくしたという体であった。

社会とはそうしたものだ。と思うとやりきれない。今回の火事についても、責任を追求したいわけではないが、過失なところとそうでないところがある。うやむやのまま、心の波立ちとどう向き合えばいいのか、不安を覚える。しかし、自分に何ができるというのか。追及することが必ずしもいい結果を生むとは限らないのだ。顧みれば、自分だって無茶をしてきた。人にどうこう言えたものではない。悪く考え出せばキリがないし、悪様に言えばそれは自分に返ってくる。自問自答を続けるうち、戦うべきは己のみというところに落ち着く。健全でありたいと思う。