投稿者「ikufarm」のアーカイブ

雑誌掲載のお知らせ

主婦の友社「赤ちゃんが欲しい 2018 春」に掲載されました。

食べてスッキリ、身体も心も健康になって頂ければ幸いです。

農地の集約〜10年目の畑を手放す〜

年が明けて、決めたことを順次進めています。

先ずはじめは、隣町にある畑、約2反を返すこと。不耕起栽培においては年を重ねることでしか、肝心となる効果を期待することはできません。そして、かける年月をより効果あるものするには尚更、畑作りを入念にする必要があります。10年間そこに注いできた労力も思い入れも軽いものではなかったのですが、しかし一方で、先行きを考えれば条件的に問題があり、できるだけ早く手放さなければならないという矛盾を抱えてきました。畑の実力が作物の品質を決めるので、作付けする以上、全精力をかけるしかないわけです。今ではほんとうに穏やかないい畑になり、いよいよこれからというところでした。将来のことを考えて決めたことではありますが、その出来具合を見ると、やはり割り切れない思いは残ります。

独立当初は雨漏りのする町営住宅に住み、条件が悪くても声をかけてもらった土地から借り受けていきました。空き家も農地も限られていて贅沢を言える立場でもなかったからです。人家の庭のような土地を借りたこともありましたし、地代と維持費用を賄えなくなって返したビニールハウスもありました。経営の方向が定まっていなかった頃の話です。

土佐町に土地つきの家がようやく見つかり、町営住宅のあった街から農村部へ。畑には片道20分かけて通うことになりました。永い年月空き家になり放棄された後の片付けや薮の伐採からはじまる新たな畑作り、消防団や地域の用事に手を取られるようになり、管理すべき土地を持て余すようになった頃から、断るべきを断り、いずれかを手放さなければ身が持たないと感じるようになりました。

そうして、依然、主軸とする畑を隣町の二つの集落に分かれてそれぞれ2反、隔年で栽培してきたところ、作年の春に一方の大半を猪に荒らされ、作付けをとりやめざるを得なくなったのです。暮らす集落以外に農地の担い手として複数の集落に属することの難しさ、今後の獣害対策を考えるにしても、農地を集約しなければ目処が立たないこともわかりました。急遽、家周りの畑を主軸に替えるため、刈り場から草を運ぶ軽トラを借金して買い、かねてより隔年から通年栽培へ試験を続けてきた結果にもある一定の自信を持てたので、ようやく手放す決心がついたのでした。この10年間にいろんな出来事があり、あらためて仕事について、進むべき方向について考えさせられました。家も土地も儘ならないものですが、住んで都と成すべく、今後も全力を傾けるでしょう。その上で満足な仕事ができるよう、経営規模をよりコンパクトにする方向に定まりました。

先日、地主さんにお伝えしたところ、快く了承して下さいました。これから順次草を刈って土地をならし、終いをつけて返します。何かを得るためには何かを捨 てなければならない。しみじみしますが、とても晴れ晴れした気持ちでもあります。これからは、管理すべき土地に追われることなく、じっくり畑仕事を楽しめ るようになるのですから。それに、振り出しに戻ったわけでもありません。家周りの畑もまた、じき10年を迎えるのです。

思えば新規就農してこのかた、いかにして本業に専念できる状況を作るか考えてきました。それは実務と同じくらい重要でエネルギーを要することでした。借りている家や土地のこと、地域との関係性において解決すべき問題は思いのほか多く、一朝一夕で片付くものではありませんでした。また本業においても、岐路にあるとき、必要ならば幾度でも断り、進む道を明確にしていなければ、今頃望まないところへ流され身動きが取れなくなっていたと思います。世間が言うように、拘らず流れに身を任せれば思いもよらぬ運が開けるというようなことは、数々の出来事を経て、少なくとも鵜呑みにすべきではないとはっきり言えます。そもそも、その流れに実態はあるのか。確固たる意志もなく、誰も彼もが乗っかろうとして、本来そこに見出された核心を既に失なってはいないか。もしくは、お互いの足を引っ張る澱みになっていないか。やはり、続けるという事は大変で、いろんな問題を乗り越えなければならないわけですが、だからこそ、確かな積み重ねを感じられたとき、また進もうと思えるのかもしれません。

それからもう一つ、地域の寄合の席でお酒を飲むのをやめることにしました。返杯が果てしなく続く高知独特の慣習に呑まれ、これまで幾度も後悔してきましたが、身体が資本、40歳手前となってはこ れ以上、無為に擦り減らすわけにはいきません。日本酒を断ってビールで最後まで通したり、途中で抜けたり、お茶を挟んだり、いろいろ試行錯誤してきたのですが、 会計という役が付いて途中で抜ける事ができなくなったり、こちらから酌をして受けて廻らなければならなかったり、中途半端なことでは断れなくなったのです。年が 明け、小部落の人にまず伝えて協力をお願いしてきました。それでも、より大きい括りとなる部落の集まりや祭りとなれば、定着するまでその度に断り続けなけ ればならないとは思いますが、通すつもりです。これもまた結論を出すまで9年近くかかりました。しかし、晴れて結論が出たこと自体がよかったのです。

 

 

 

 

新年のごあいさつ

新年、明けましておめでとうございます。

独立10年目となった昨シーズン、おみくじは大吉からのはじまりでした。どんないいことがあるのかと淡い期待を持ったりもしましたが、まさに岐路、どちらを選ぶか試されているような大変な出来事の連続でした。節目の年というのは次の展望を開くために決めるべき事を決め、行動することで自らが節目とする年だったのかと、考えを新たにしました。おみくじには、

「人間の徳は その異常な努力によってではなく その日常的な行為によって測定されるべきものである」と書かれていました。

畑仕事においても、ひとつひとつ地味で目立たない積み重ねでしかいい結果を望むことはできません。如何に才能があるように映る人も、根気のいる日々の労働から逃げれば、もはや体現することはできなくなり、また、志や大義を語るばかりで日々の些細な変化や新たな発見に感動することから遠ざかってしまっては、いずれ熱を失った繰り言しか発せなくなる。そのことを肝に銘じて、これからも畑に立ち続けたいと思います。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

温海かぶのピクルス

今年も温海(あつみ)かぶの瓶詰めが始まりました。

一年の終わりに、一枚一枚折り重ねる作業はとても静かで、気に入っています。手間ひまは掛かりますが、空気を多く含み柔らかいという、かぶの特性から必然的に今の詰め方に落ち着きました。

色の鮮やかなうちに是非食べて頂きたいピクルス。クリスマスやお正月にいかがですか。

裏山の手入れ

 

冬から春にかけて伐り倒した木を順次片付けています。全て玉切りにして割って運び出します。枝は向きを揃えて積んでおき、風呂焚きに使います。

 

竹に浸食され、50センチを超す大径木の全てに腐れが入っていました。適宜手入れをしてこなかった植林は、今更間伐しても手遅れなのではないかと思います。ハズレ率が高ければ、一本一本値をつけるような仕事は割に合ず、皆伐して集成材やチップにするしかない。地元に新しくできた製材所も集成材専門です。そして、その一方で無垢材の値が上がっているのです。

 

 

なかなか骨の折れる仕事です。(楽しんでますけど)

畑のようす〜11月上旬〜

生姜や里芋、温海かぶの収穫が始まりました。

たっぷりの敷き草の中で綺麗に育ちました。

里芋は赤目のセレベスと白目の石川早生です。

生鮮は「IKU FARM FRESH」として販売もしておりますので、ピクルスと共にどうぞよろしくお願いいたします。

数年前、足下に見つけた銀杏もこんなに大きくなって秋を彩ってくれています。バラは嫁の実家から株分けしてもらったもの。裏山に植えたドングリもクヌギとわかるくらいに育ってきました。

書籍掲載のお知らせ

ビー・エヌ・エヌ新社「おみやげのデザイン PACKAGE DESIGN FOR FOOD GIFTS IN JAPAN」に掲載されました。

デザインに主題をおいている専門紙ということで、デザインとイラストに焦点を当てていただけたことは、とてもありがたいです。

 

工石山へ

生姜の仕込を前に、近くの工石山へ一泊のキャンプをしてきました。

15時過ぎに家を出て買い出しの後16時ごろに登山口へ。いつものように日暮れを気にしながら下山するのではなく、今晩はこの山に泊まると思うと、気持ちも見える景色も違います。山頂へは小一時間で着きました。テントを張り、寝袋も敷いて準備万端、作ってきたお弁当にビールで一杯やりました。標高は1176m、遠くに高知の街明かりが見えます。が、かなり寒かったので早々に引き揚げました。

翌日、テントを出れば目の覚めるような朝焼けが迎えてくれました。

澄んだ空気の中で淹れるコーヒは格別でした。なんでこれまでやらなかったのか。

さて、今回の山登りでショックだったのが倒木の多さでした。10月下旬、1週間ほど雨が続き地盤が緩んでいたところに来ての台風が原因だと思われます。根こそぎ倒れている木が目につきました。

直根がないことに驚きます。ごく浅くへばり付くようにしか根が張っていない。倒れている檜や杉のほとんどがこんな具合でした。

虫食いや腐れの入った木は途中で折れていました。昨シーズンに伐った裏山の大径木の全てに腐れが入っていたことを思い返すと、本当に早く伐っておいて良かったと思いました。そして、山を下り、土佐山の方へ行くと、かなり広範囲にわたって植林が崩れていたのです。

こういう光景を見ると、家の裏を植林にすることが相当危険で間違ったことなのだと再確認されます。土砂が崩れてこなくても、高く重量のある木が倒れてくればひとたまりもありません。薪を必要とする暮らしの中で、浅木の山として手入れをつづけるからこそ守られた里山だったのでしょう。やはりこれからも裏山を伐らせてもらうようにしなければと、思いを強くしました。

「まきので“食べるを考える”」に出店して

秋の穏やかな陽気の中、とてもリラックスしたイベントとなりました。

はじめてのお客様だけでなく、私たちの知らないところでこれまで懇意にして下さっていたお客様にもお会いすることができました。また、10年ぶりの懐かしい顔や、久しぶりの出店者仲間、そして、今回の出店を事前に知って下さっていて、わざわざ顔を見に来てくださった方々の嬉しいサプライズもあり、しみじみ出店してよかったと思いました。

牧野植物園のある五台山からは高知の街並みが一望できます。

大学に入るのを機に高知で暮らすようになってもうじき20年になり、其処ここに懐かしい顔が浮かび、暗中模索でひとり彷徨っていた街角が目に入ってきます。本当に自分のことを気に掛け、その言葉の通りに心配してくれていた人とそうではなかった人が、今となってはわかります。そして、それは私自身にも言えることでした。有り難いことにパートナーに恵まれ、自分たちの仕事に共感してくださる人がいることを実感できるようになり、目に映る街の景色は新しく塗り替わったように感じています。これまで気にはなっていても、自分のことに精一杯でかける言葉も見つからなかった相手とも、はじめて楽しい会話ができました。思えばお互い様だったのかもしれません。これからが楽しみです。

少しでもこうした機会に出て来れたらと思っています。